「文章1」

 

 厳密に言えば人をその人たらしめているものは、その肉体の部分ではないのかもしれない。いま細胞は、この間にも生まれては死に死んでは生まれる。永久に存続する細胞は存在しない。


 それは例えば、砂漠に風が吹いて砂丘の砂を吹き飛ばしても、砂丘自体はその場所に永遠に在り続けるようなものだ。砂がすべて入れ替わっても、砂丘は恋人を待つ
少女のようにその場所にじっと存在する、ただ砂の残していく悲しみを堆積させながら。まるで悲しみだけは細胞の死と一緒には消滅せず、それが在った部分の永久的な染みとなるように。

 

 海底に長い年月をかけて密かに、しかし着実に積もっていく小さな生物の死骸のように、悲しみは年を取るごとに確実に僕の中に堆積していった。その悲しみに理由はない。自分でも気がつかないうちに日頃から積み重なる悲しみ。そしてそういったものの鬱積。それらはときどき堰を切ったように溢れ出し、僕の気持ちを乱す。僕は海底にあおむけに寝転んで、ただその小さな死骸が雪のように降ってくるのを見ていた。

 もがけばもがくほど、埋もれた。浮き上がろうと掻けば掻くほど、沈んだ。それはそういった種類のものだ。


 

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