異常潔癖症の俺は大学のとき食堂の米飯が食えなかった。だから注文するものはいつも麺類だった。潔癖症の人間にとって、麺類と丼類にいったい何の違いがあるのかという話は今回の主題ではないのでひとまず置いておく。食堂の麺類というと、そば・うどん・ラーメンなわけだが、若いときの俺はそばはあの独特なにおいが苦手だった。「そばくさい」のだ。ちなみにこの、「名詞+動詞(もしかすると形容動詞ですか?)」で「形容(動詞)詞」を作る方法は普段よく使われる。「塩からい」とか「サカナくさい」とか。この言語使用を過剰に拡大して使っている人がいた。「うわー、これ『レモンすっぱいー!』。」これが許されるのなら「ワサビからい」もありなのか、とその場で本人に問い詰めたところ、即答で「あり」だった。

 

 閑話休題。

 

 ラーメンは特に嫌いではなかったのだが、食べると必ず腹を壊して午後の授業に差し支えた。したがって、食堂で俺が食う飯はうどんであった。それも肉うどん。ネギは嫌いなので入れないように毎回頼んだのだが、昼時の注文が殺到しているとき、おばちゃんは時々俺の頼みを叶える暇がないときがあった。どう考えても「入れる」ほうが「入れない」よりも手間がかかるのに、なぜにおばちゃんはネギを入れてしまうのだろうか。その話は今回の主題ではないのでとりあえず置いておく。

 

 さて、いつもは「肉うどん」を頼む俺だったが、ときには「月見うどん」を頼んだり、「けつねうろん」を頼んだり、「ワカメ酒」頼んだりすることもあった。下ネタでごめん。

 

 そのうどんのレパートリーの中で、いつも不思議に思うメニューがあった。たいていのうどんは「~うどん」というように「うどん」の具が形容詞的に冠してあり、想像の範囲の「具」が「うどん」に入っているのだろうということは容易に推測できた。あ、そうでもないな。「月見」とか「けつね」はなにが入っているかわかりにくいよね。こうやって考えると意外とうどんの名前は雅ですな。まぁその辺も今回の話の主題ではないので端折る。

 

 で、ようするに一種類だけ、何が入っているのかわからないうどんのメニューがあった。俺は当時からガチガチの保守派で知られる男で、「新発売の梅マヨネーズ味チップス買って来たよ~」などとすぐに新製品に手を出し、しかもたいてい手痛い目(この場合は、不味いということ)にあう軽率な母親をひどく憎んでいたのだったが、簡単にいうと、よく知らないものに手をだいして後悔するよりは、新鮮味がなくてもだいたいなんとなくなぁなぁでわかるものを選ぶタイプなのです。

 

 しかしある日、授業が突然休講になり、次の時間まで中途半端な感じで時間が空いてしまい、しょうがないので食堂で友人と消費税の導入についての利点と不利益についてそれぞれ100個ずつブレーンストーミングをしていた。そのときふと、今まさにあのメニューを試してみたらいいんじゃないか、だって消費税が導入されたらちょっと値上がりしちゃうじゃん、という思考のブレークスルーが起こった。俺はすっくと立ち上がりルーチン化された食券購入のタスクにパラダイムシフトを引き起こしそのメニューの食券を購入った。

 

 調理場のおばちゃんに手渡し、待つこと数分。そこに現れたのは、うどん、だった。ただの、うどん、だった。

 

 俺は社会構造の変化によってやむなくブルーカラー的作業に従事している自分にはなんら罪のないおばさんに、できるかぎり不快感を与えないように聞いた。「あの、マダム?これ、一見うどん以外に何も入ってないんですけど、もしかするとちょっとした手違いで具を配置するのをうっかりわすれてしまった、そんなことってお互い人間だから起こり得ることですよね?」おばちゃんは食券を再度、見た。そして別に間違いはない、という顔をしてこちらを見返した。「オーケー、分かった。単刀直入に申し上げましょう。つまりは『かけ』はいったいこのうどんのどこに入ってらっしゃるんでしょうか?」何をいってるんだという顔をするおばちゃん。「つまり僕の頼んだのはただのうどんじゃなくて『かけうどん』なんですが。」「だから、汁がかかってるじゃない。」「‥。」ビーと自動食器洗い機の音が沈黙を破る。おばちゃんは初めから我々のコミュニケーションなどそこにはまるで存在していなかったかのように、実に無機的にその無機的な食器洗い機の方へ移動した。

 

 この話を先日、ラーメンを食いながらガールフレンドに話したら、彼女もうどんにまつわるある数奇な体験をしていた。今年の春に大学生になった彼女の妹がバイトをすることになったらしい。奇しくも?うどん屋だ。真面目な彼女の妹は、家で姉であるガールフレンドを相手にうどん屋で注文をとるシミュレーションを(突然かつムリヤリ)始めた。「いらっしゃいませ。何名様ですか?はい、こちらへどうぞ。このお席でよろしいですか?えー注文を繰り返させていただきます(ガールフレンドには注文の選択権はなかった)。『すうどん』ですね。少々お待ちください。」「あのー、すいません。この『すうどん』って、どんなうどんなんですか?」「うどんに味付けとしてお酢が少々入っております。」 

 

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