文章15(「ツイストアンドシャウトの頃」)

 

 ハイテンション水泳を終えて学生服に着替えていると、丸い手鏡を器用に壁に立てかけて(その部屋には割れてたり曇ってたりでまともな鏡がなかった)ギャッツビーを髪になでつけていた小西が今日もまたニヤニヤしながら俺の更衣室をのぞき込み、突然大声で歌い出す。

 

その曲がアルバム「Please Please Me」に録音された当時、彼らのマネージャーは(ブライアン・エプスタインだったか?)、ジョンがライブでそれを歌い声を枯らさないように制止するのに必死だったいう話を何かで読んだ。

  

 競泳のタイムも、学校の成績も、女子部員からの人気も、彼らの曲があれば(とりあえずは)どうでもよかった。「愛」の意味なんて誰一人わかっていなかったけど(「つまり結局はさ、君が得る愛は君が与える愛に等しい」なんて、中学生には何のことだか全然わからない、特に男子には)、狭くて、窓が一つもなくて、塩素臭くて、床がつるつる滑って、蛍光灯が不健康な青白い光を放っている男子水泳部の部室で、更衣室の壁に貼り付けてある、ルーズリーフにカタカタで書かれた歌詞を読みながら、へったくそな英語で「ツイストアンドシャウト」を歌い散らせば、それでひとまず全てはオーライだった。

 

 

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