「詩と写真 9」

 

 どこからか流れるBGMがテレビのニュース番組の音声と重なり、奇妙な不協和音を立てていた。それは待合室にたむろする患者達と、彼らの付き添いの身内の人間や病院の医者、受付の事務員らとの、それ以上歩み寄ることのできない境界が接して起こる“きしみ”に似ていた。巨大な氷山がゆっくりと、しかしとてつもない圧力でお互いを磨耗させるときの音だった。

 

 眠気は突然やってくる。俺は眠るために薬を飲み、起きるために薬を飲んだ。睡眠が自分のコントロールから離れてしまうと、後にあるのはいつ襲ってくるかもしれない睡魔と、頭の中をぼんやりと漂うけだるさとの不毛な闘いだった。俺は今日もまた現実の理によって自発的に生じたのか、それとも脳内にばら撒かれた化学物質が引き起こしているのか分からない眠りに身を任せる。

 

 診察室の前の廊下の長いす腰をかけて順番を待ちながら、ぼんやりと廊下の向かい合った壁を眺める。互い違いに並ぶ壁のタイルの一つに目をやると、それがまわりのタイルから浮き出す。ぼこり。ぼこり。ぼこり。それはセル・オートマトンによるライフゲームを連想させた。

 

 ルールは簡単。

 1)セル(タイル)を囲む4方向のセルがオン(浮き出ている)ならば、その囲まれた

   セルはオン(浮き出る)になる。

 

 2)それ以外はもとのまま。

 

 浮き出るタイルと沈むタイルの展開する虫食いゲームを眺めていると、診察室から不意に名前を呼ばれる。タイルの作った奇怪な幾何学的模様は将棋板の駒がかき混ぜられるようにふっとその形を失い、病院の壁に姿を戻した。

 

 ルールは簡単。

 1)俺は眠っているのだろうかと思うときは、そう思う俺は実は眠っている。

 

 2)それ以外は起きている。起きている限り俺は現実では夢を見ない。そしてそれは眠りの

   中でも同様。

 

 俺は病棟の壁でいつ終わるとも知れないライフゲームを永遠に繰り返す。

 

 

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