Symptom 20160812(お萩)

 

 

「ジュッ」と音がしたような気がした。それから突然左の頬が熱くなった。実際にやったことはないが、それはちょうど熱した鉄板に左の頬をくっつけたような感覚だった。それが痛みだと分かるまで少しかかった。それから俺は左頬を押さえながらその場にうずくまって大声で泣き出した。小学生だった俺にとって、「痛み」はすなわち「泣くべきこと」だった。本当のところは痛みで、というよりは、突然のことに「驚いた」だけだったのだけれども。

 

「大丈夫だって、やれるって」俺は言った。俺は4月生まれで、誕生日がクラスでいちばん早かった。その「生まれが早い」という事実は当時、クラスでいちばん年上だということを表し、そして実際、俺は自分がクラスでいちばん(何についてなのか根拠や自覚はないのだが)だと思っていた。

 

俺たちの住んでいた場所は大規模な開発地域で、まだ大型ショッピングモールも地下鉄もできてなかった。空き地(これもたくさんあった)や道の端のそこかしこに、土管やら、単管パイプやら、何に使うのか分からない不規則な形をしたコンクリート製の「何か」やらがそこかしこに中に山と積まれていた。通学路は舗装こそはしてあったが、とにかくなんだか知らないけど急いでコールタールを砂利道にぶちまけた、まるで地下に埋まっていたカプセルを開けたらアキラが出てきてそれを再び封印するために急いで塗り固めたような雑な作りで、しかも工事のために何台ものダンプカーがガンガン行ったり来たりしていたせいで、そこかしこが痛んでいた。

 

「道を渡るのに車が通り過ぎるのを待っているとさ、いつの間にか通り過ぎてることってあるよね?」そんな他愛もないひとことが始まりだった。「そうかなあ?」やなちゃんが言った。こいつは足が臭かった。靴下をはいてないからだ。「うーん??」たかだっちょも何とも答えようがない顔をしていた。まあ普段からなにか、答えに困っているような顔をしていたのだが。「いや、あぶないよう」真紀が言う。転校してきたばかりの真紀には、ぜひ年上としてのいいところを見せなければならない(同じ学年なんだけど)。

 

「自分が強い」という自覚のある者はわざわざ自分の強さをひけらかさないものだ。いちばん年上にもかかわらずやせっぽちで(クラスの男子でいちばん体重が軽かった)、ドッヂボールが苦手で(小学生にとってのドッヂボールは、プロ野球やプロサッカーよりもかっこいいスポーツだ)、まだ暗いところが怖かった俺は、なにかにつけて「いちばん年上である」という「自分の強さ」を(もちろん俺以外はそんなこと、誰も「強さ」のうちに数えてなんていなかったのだが)証明しなければならなかった。

 

「いや、そうだってば」年上の俺の言うことが間違っているって言うのか?「じゃあやってみっからよ」俺はそれを実際に証明せざるを得ない状況に自分からどんどん入っていた。

 

左手側から車道を直進してくるダンプカーを遠目に確認し、目をつぶり、俺はゆっくりと道を横切りだした。

 

不思議なことにダンプカーは俺の左頬「だけ」に熱した鉄板を押しつけられたような痛みを残し、そのまま走り去った。ダンプカーはクラクションを鳴らしたり、避けたりしなかったのか。なぜ、左の頬だけをケガしたのか。そのことについては全く記憶に残っていない。覚えているのは次の瞬間、熱く痛んだ左の頬を押さえて車道にしゃがみ込んでいる自分の姿だけだった(それもバイオハザードのようなサードパーソンシューティングゲームみたいな視点で)。

 

次の日、俺は左の頬に大きな絆創膏を貼って学校に行かなければならなかった。絆創膏は、チキン野郎がチキンじゃないことを証明するために無理してチキンレースに参加し、チキンレースなのにもかかわらず最終的には障害物に突っ込んでしまい、しかも泣いたというドジさとチキンさを証明していた。

 

 

(暗転~スタッフクレジットロール/BGM スタンドバイミー)