赤猫魚眼と過去テキスト「箱の中の猫」(篠有里)

「箱の中の猫」

もしあなたが箱に帰れば、そこには誰もいない。
立て付けの悪い扉は、また今日も軋んで、耳のどこか奥を刺激する。
熱く匂う空気で染められ、空気には動物の匂いが染みついて何とも言えない。
どこまでも湿って、にごっている。
それが私の家。

くだらない思いはとにもかくにも扉の向こうに置いていけ。
さてどうした事かと、私は靴の砂をはらってから家の中に入る。
ただいま。おかえり。
やっぱりどうしてなのかな、と、考えても答えは出ない。
考える事をやめないでどうにか自分を納得させようと試みれば、
すぐに思いつくひとつの解決。
多分きっと私以外の家族全員で、
猫の死体を埋めに行ったに違いないと考える。

去年までいた猫を焼いて、骨にした。
小さくすべらかな骨壺に入れる前、
町の焼き場でちょいと焼いた家族の猫。
人間と同じ場所で焼いてもらえるなんて幸せだと父が言い、
母は黙って造花を差し出したあの日。

赤い猫。
猫。

そう、祖父が嫌いな赤い猫。
母方の祖父は赤い猫を見ると狂ったようにそれを嫌がり、
さらには猫に向かってナタを投げつける。
何もそこまでしなくても、と、そう思うが、
祖父の理由は他の誰にも分からないので止める事はできない。
猫が罪を犯したのか、
猫自体が罪なのか、
葬り去られる理由はきっと祖父にも分からない。

そう言えばこの家は殺された猫の歴史、
それと重なる部分がずいぶん多い。
私はまた考える。
あの日殺された猫と、
今日埋められる猫はきっと別のものであり、多分どこか同じモノだろう。
つながりはニアイコール(≒)であり、
もしかしたらノットイコール(≠)であるかもしれない。
箱の中の猫の生死など考えても結論は出ないように、
この問題についてもいくら考えてもまったく意味のない事だ。

家に入ると、誰もいない。
昼とも夜ともつかない長い廊下を歩いていく。
それが私の家。
猫の葬列。
多分どこかで家族全員が嘆き悲しんで、
あの猫の葬式をしていてくれているのだ。
それは母の父、私の祖父がナタで殺した赤い猫なのか、
それとも私が轢き殺した白い猫なのか、
遠い昔の(あくまで文章上の)箱の中の猫なのか。

そう言えば父も、母も、弟も、猫を殺しているじゃあないか。
まだそれは箱の中で生きているかもしれないじゃあないか。
一体どの猫なのか。

母方の祖父も父方の祖父もすでに死に、
多分猫と同じ場所で私たち家族を待っている。
彼等と会えるその時、私は猫と彼等の理由を聞く事ができる。
その時を今から待ちわびながら、
今もう一匹いる猫の事と、
残された祖母の事について思いを馳せる。
箱の中の猫の死を確認する事はできない。

お母さん、あの時の猫は私が知っている猫ですか?

暗い廊下の先には暑い部屋があって、
仏壇の脇には置物のような祖母がいる。
猫も何もかも嫌いなその祖母が、かつていたその部屋。
今は湿気が黴の成長を促し、
見知らぬ黒い模様が言葉にできない不安を漂わせる。
やはりその模様は、黒い猫だ。
そうか、猫はいつもそこにあるモノなのだ。

父方の祖母はあの猫と同じに今は箱の中にいるが、
私はついぞ祖母がいるという箱の中に行った事がない。
行く気もないから、
本当に祖母が生きているのか死んでいるのかどうかを判断する事はできない。
母は今日も祖母の着替えを持って、
山の中の箱の、その中へと出かけていく。
そうして帰りに大きな魚を買って帰ってくる。
猫のために。

ああ、そろそろ私の家族がここに帰ってくる。
ろうそくに火を点けて待っていよう。
それでも祖母は、すべてを把握した私の手によって、
もっともっと小さな箱に入れる事ができるはず。
私の意志によってなされる事、
その箱に入れる佳き日を期待して、私の猫を慈しもう。

ふと窓の外を眺めれば、
あの猫が捕まえ損ねた緋色の鯉がただつらつらと流れていく。

上限の見える、その中で。