(再)Symptom 「Insomnia」まとめ(お萩)

(写真:萩沢写真館

 

 

年が明けてからの7日間、僕はまるまる眠ることができなかった。といってもそれはとりたて苦しいものではなく、単に眠りが訪れないというだけであった。しかし、ちょうど1週間目にあった職場の定期健康診断でそのことを告げるとそのまま病院に行くように言われ、病院では医者から、そのまま仕事を休むように厳命された。そして僕は休職期間に入った。

眠れないというのは不思議なもので、初めのうちこそ少し焦ったりしたのだけども、次の日、特に眠気で生活が脅かされるというわけでもないとわかると、その焦りもなくなってしまった。それまで寝ていた時間にベッドに入り、灯りを消して一晩中、暗い部屋で、実際は暗くて見えない天井を眺め、朝がくるのを待つ。


眠れない日々はそれからさらに7日続いたが、特に健康上に異常がないとわかると、僕は仕事に戻った。

眠れなくなって15日目。仕事に出た最初の日の晩のことだった。自炊をしていると突然、呼び鈴が鳴った。ドアを開けると作業服を着た50前ぐらいの男が愛想笑いをして立っていた。

「いやーすいません、ちょっと間違っちゃいまして。すいませんが少し点検だけさせていただいてよろしいでしょうか?」と言った。僕は鍋に火をかけていたのでとりあえず上がってもらい、なんらかの「点検」をしてもらった。

僕は鍋から手が放せなかったので、男がなんの点検をしているのかよく見ることができなかったが、「これだこれだ、よし、これでよし」と言う声がベッドルームから聞こえた。

詳しい話もできず、どうも次の点検を急いでいるようで、男は「ありがとうございましたー」と靴を履きながら言うと、ドアを開けて去っていった。

鍋の火から少し離れるようになれると、僕は途中の部屋のそこかしこを眺めながらベッドルームへ向かった。

ベッドにはおそらく僕が寝なていない15日間、ずっと寝っぱなしだった男が寝息を立ててぐっすり寝ていた。どこで入れ違ったのか僕は眠らない方の僕で、このベッドに横たわっている僕そっくりの男はぐっすり寝てばかりの男だったようだ。

無性に腹が立ち、寝ている男の尻お思いきりけ飛ばすと、男は目を覚まして「ああ、もう15日か。じゃあ次はあんたの番だ」といって、ベッドから降り、僕を無理矢理ベッドに寝かした。それから15日間の記憶は、僕にはない。