(再)Symptom 201612230(№62)(お萩)

(テキスト:萩沢写真館 / 写真:篠有里)

 

3秒で答えて下さい。あなたのお宅の便座はO型ですか?U型ですか?いち、にい、さん‥、ビー。残念。じゃあ、ね、今度はもうちょっと時間をあげます。だからよおっく考えてみて下さい、あなたのお宅の、あなたが毎日使用しているその個室にある、便座のことを。どんな形だったか?どこのメーカーだったか?そもそも便座があったかどうか?いかがでしょう。ちなみにごく私的で恐縮ですが、拙宅の便座はイナックスのO型、です。洋式ですので、当然のごとく便座は存在します(ときどき寝ぼてソレが下がってるのを確認し忘れちゃって、便槽にガボ!なんてこともありますけどね。あ、申し訳ありません。余計な話でしたね。)なにゆえお前は自宅の便座についてそんな正確に、自信を持って答えられるのか。あなたはそう思っている。図星でしょう?もしくはこいつはさっきから便座、便座ってナニいってんだ、少しどうかしてんじゃねぇか?と思っている。完全に後者の方は貴重なお時間、本当にありがとうございました。私の話は以上です。前者、もしくは少々後者も混ざって入るが前者、という方々には、なぜ私が拙宅の便座についてこれほどの知見を持ちあわせているのか、それをこれからお話いたします。
 

そもそも私はカバーというカバー全てが嫌いです。あまりにも巷にはカバーが氾濫しすぎている。嘆かわしいことです。ドアノブカバー。ティッシュボックスカバー。電話機カバー、最近は見かけなくましたけどね。ケータイが普及したからでしょうかね。しかしケータイにもそれを2回りくらい大きくしてしまう、つまりケータイの「携帯性」を大いに損ねるほどの巨大なケータイカバーをつけてしまうカバー、というのもありますね。まぁ「全てのカバーが」というのは言い過ぎかもしれません。どうしても必要なカバーも確かにあるでしょう。僕のコンピュータはモバイルなので、どうしてもショック緩衝材としてカバーが必要です。しかし、し・か・し、しかーし、この間見たぞー俺は見た。家庭用ノートパソコンカバー(「大事なパソコンをほこりや日焼けから守りましょう」)を。使わねぇんだったらディスプレイを閉じろよっ、日に当たるなら別な場所に移動しろよっ、実際にそれを目の当たりにしたとき、もうあたりまえなんだけどそんな突っ込みをせずにはいられませんでした。
 

俺はその、TOTO・イナックス・ナショナル・日立の4社対応O型便座用カバーの包装を、水道からお湯が出てくるのを待つ間、何の気なしにはがした。そして歯ブラシに歯磨き粉をつけ、そのカバーを持ってトイレに行き、ちょっと磨いてはカバーのホックを止める、ホックをちょっと止めては、また磨く、間違ったホックをはずして正しいホックと合わせては、磨く。そんな具合で便座カバーの取り付けが終了した頃には、大方歯も磨きあがっていた。効率的だ。超便座法とでも名づけて野口教授にアイデアを提供したいくらいだ。口をゆすいで再びトイレへ。小用をしてから寝よう、と思ったのだ。寝る前の小用は大事だ。ガチャリ。トイレのドアを開ける。と、そこにはパステルカラーのカバーを誇らしげにまとった便座が私ににっこり微笑みかけていた。それはまるでトイレ個室全体が以前よりも華やかに感じたくらいのものだった。そして、「どうぞ、いいんですよ、さあ」と私を誘う。私はほんの少し小用を足したかっただけだった。それもいかにも男性的にしゃんと背筋を伸ばし、今日発散し切れなかった本能的攻撃性の残りを小水と一緒に便槽に叩きつけ、できるだけリビドーの少ない心安らかな状態で眠れるようにと、思いながら。しかし、実際は、そのフカフカしたブルーのパステルカラーのカバーをまとった便座さん(思わず敬称をつけてしまわんばかりだったのだ)の座りごこちがいかがなものか実証したいという誘惑に打ち勝つことはできなかった。「今のところお前に用はねぇんだよっ」とばかりにそのカバーのかかった便座を跳ね上げるだけの甲斐性が私にはなかったのだ。スリッパを履き、そっと腰を下ろす。暖房便座の温かみが、便座カバーの素材を通してやさしく滑らかに温かさを伝えてくる。飯は多く、そして速く。風呂の湯はたっぷり、そして熱く。そんな男根的観念に取り付かれたところのある俺は、以前のプラスチック剥き出しの便座の伝えてくる率直な暖房、一瞬、それが冷感なのか熱感なのか戸惑ってしまうその実直な働きぶりに一目置いており、さらに前出したようにカバーに対しては排斥主義の立場をとる俺ではあったが、そのホカホカ感(そういった表現が許されれば、だが)に即、魅了されてしまったことをここに屈辱を味わいつつも告白する。それは、座って小用をするという、日本人の男性にとっては恥辱とすらいえる行為も許される、そんな空間だったのだ。
 

ここちよい眠気を伴いながら用を済まし、腰を上げ、ズボンをはく。そして俺は、そのカバーのかかった便座をゆっくりと一周撫で、その感触を手のひらに残しながら満足げにトイレを後にした。
 

余談だがうちにはこの現在使用中のものを含めて3つの便座カバーがある。別に気分に合わせて今日はこれと選んだり、一つを洗濯している時に予備として使うためのものではない。
 

残りの2つはU型対応なのだ。