Symptom 201670217(№75)(お萩)

 

 

文章5

 

 有線放送のBGMがニュース番組の音声と重なり、奇妙な不協和音を生み出していた。それは、そこで診察を待つ患者と、彼らの付き添いや医者、受付の事務員らとの「それ以上歩み寄ることのできない境界」が接して起こる“きしみ”の様に聞こえた。

 

 眠気は突然やってくる。常にぼんやりした頭の中でいつ訪れるかわからない睡魔と、気だるい闘いをしていた。俺は眠るために薬を飲み、目を覚ますために薬を飲んだ。そして今日もまた、現実の理によって自発的に生じたのか、それとも脳内にばら撒かれた化学物質が引き起こしているのか分からない眠りに身

を任せる。

 

 診察室の前の廊下の長いすに腰をかけて呼ばれるのを待ちながら、ぼんやりと廊下の向かい側の壁を眺める。壁のタイルの一部が、まわりのタイルから浮き出す。ぼこり。ぼこり。ぼこり。それはセル・オートマトンによるライフゲームを連想させた。

 

 ルールは簡単。

 1)セル(タイル)を囲む4方向のセルがオン(浮き出ている)ならば、

   その囲まれたセルはオン(浮き出る)になる。

 2)それ以外はもとのまま。

 

 浮き出るタイルと沈むタイルの展開する虫食いゲームを眺めていると、診察室から不意に名前を呼ばれる。タイルの作った奇怪な幾何学的模様は将棋板の駒がかき混ぜられるようにふっとその形を失い、病院の壁に姿を戻した。

 

 ルールは簡単。

 1)俺は眠っているのだろうかと思うときは、そう思う俺は実際に眠っている。

 2)それ以外は起きている。起きている限り俺は現実では夢を見ない。

   そしてそれは眠りの中でも同様。

 

 俺は病棟の壁でいつ終わるとも知れないライフゲームを永遠に繰り返す。