Symptom 20170122(№69)(お萩)

 

 

「なあなあ兄ちゃん?兄ちゃんって?」

 

 時間は午前10時になるところだった。僕は学校のある駅で電車を降りず、午前中の授業をサボるつもりで環状線に乗ったまま「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読み続けていた。午前中にはつまらない化学の授業があるのだ。

 

 一瞬、ツンとアルコールの臭いがしたかと思い、本から顔を上げる。

 

「そうそうオメエだよ、兄ちゃん?」

 

 明らかに酔っ払った老人がつり革をどうにか掴んで、電車の揺れにヨロヨロしながら立ってこちらを見ていた。

 

「あのよっ、オメエはよう?オメエは‥あー、源氏か?平家か?ん?」

 

 何言ってんだこの酒臭いじじは?平日の昼前だぞ、まだ?

 

「源氏か?平家か?ってんだよ、んー?」

 

 ああ面倒なタイプの酔っ払いだ、まいったなあ。なんだって?源氏に平家?何の話だ??でも答えないと余計にやっかいなことになりそうだ。しかしなんて答えればいいんだ?間違うとまたそれもまた面倒だな‥そうだ‥、

 

「えーと、おじさんはどちらなんですかあ?」

 

「‥んー、俺か‥?俺はそりゃあ、平家に決まってんじゃねえか、な?」

 

 知るかよ酔っ払い。なにちょっとうれしそうになってんだ。

 

「あああー、そうですよね。もちろん平家ですよねー。そりゃそうだ。あ、イヤね、ここだけの話ですが実は僕も平家なんですよ、恥ずかしながら!?」

 

「おおうー、そうかそうかー。兄ちゃんも平家か。そうだよな、平家だ、兄ちゃんは。平家って感じがするもんな。源氏の連中なんてそりゃろくでもねえ奴らばっかだ。読売巨人軍、あれなんて完全に源氏だもんな。ほんと、源氏の奴らはとんでもねえ連中ばっかりだあ」

 

「‥そ、そうですよね、ほんと源氏の人たちは困っちゃいますよね‥」

 

 酔っ払いはひとしきり「源氏」に分類した連中のことを罵倒した後、「ほれっ」と言ってジャッキーカルパスを一つ投げてよこし、ニッと笑った後、鼻歌交じりによろけながら隣の車両へと移っていった。

 

 多崎つくるは「ケミストリー?」と言っていた。