「タダノ先生のただの日記(その1)」
ではどうして自分が「成長」するはずの「勉強」は楽しくないのか。
翻って考えてみれば、なぜ「運動」は、「ゲーム」は、「カラオケ」は、「男女交際」は楽しいのか。
それは「行動」によって起こる「結果」の出方と関係しているのではないだろうか。
初歩のある種の「運動」は、ちょっとしたコツを教わるだけで大きく上達する事がある。ある仕掛けをひとつ知るだけで、「ゲーム」の難易度は大きく下がることがある。「カラオケ」や「人間関係」についても、ある特定のヒントを得ることで大きく改善・前進を見込める場合が多い。
一方、勉強は「そうではない」ものの代表的なものとしてあげられるだろう。
「ちょっとしたコツ」で「上達」を感じることがなかなか難しい物だ。
とにかく覚えた単語が、公式が、定理が、それら知識がすぐ、確実に「役に立つ」とは限らない。
また、覚えたことを総合し、問題に取り組まなければならない場面も多い。
つまり「勉強」は、他の行動と比較すると「結果」に「行動」が「反映されにくい」。
つまりなかなか「面白く」なりにくい。
「成長」を「実感」することが難しいのだ。
そして、「成長」の「実感」が少ないと「面白くない」から、「行動」の回数が減る。
するとそれにしたがって身につくことも減る(「成長」が減少する)。
するとさらに「面白く」なくなる。
そういったマイナスの連鎖も陥りやすい。