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2018年

4月

26日

赤く眩しいシャケとトモコレ夫の男友達(篠有里)

「赤く眩しい鮭の切り身」

 

2018/03/29 「街を歩く」 Machi wo Aruku 12 更新。

キーワードは「nostalgia」

Vivicam5050で撮った作品のギャラリーです。

桜を撮ろうと思ってたのに雨が降った。もう散ってきている…どうすんべ。

んでもVivicam5050さんは桜撮るのにまるで向いてない写りをするので別にいいか。

 

作品じゃないけど赤さを見せたいので載せてみた>赤い赤いシャケの切り身。

いやー、これでピンが切り身に来てればよかったんだけどねえ…近づけない&室内はほぼ手ぶれという結果

なので>使用感。

 

本館「街を歩く」の方も更新してます。超広角もそろそろ使いたいなあ。5月の連休中に頑張ろう。

 

 

結婚式風集合写真。

前回夫ホッチの見る夢はオッサンにまみれている(主に赤い糸的な意味で)と書きましたが…

 

 

起きてても男まみれなのは変わりありませんでした(←おい)。

 

上:ディーン(スーパーナチュラル)と屋上にて夜の素振りデート。

中:同じチームのロッシ捜査官の部屋で楽しくスキップ。

下:親友の稲葉さんと夜のロマンティック観覧車デート。

 

 

おまけ。

 

母Miiが「誰にでもよく似合う」と無茶言ってごっつい鎧を売っていた。

それを完全スルーするホッチ。買って欲しそうにホッチを見る母Mii。

2018年

4月

25日

(再々)Symptom 20160925(№24)(お萩)

(写真:萩沢写真館

 

結局、伝えようとしなければ伝わらないのだ。変えようとしなければ変わらないし、始めなければ始まらない。僕たちはそういう風にできているのだ。
 

どれだけ思考をめぐらしても、適切な言葉で、適切な相手に伝えなければ、こちらの意図は理解してもらえない。そして、どれだけ思考をめぐらしても、適切な理屈で、適切な部分を変えていかなければ、嘆くべき状況は変わらない。さらに、どれだけ思考をめぐらしても、適切な方法で、適切なところから始めなければ、何事も完成へはいたらない。
 

そうであるにもかかわらず僕は、何を伝ればいいのかわからない。どれを変えたらいいのかもわからないし、どこから始めたらいいのかすらわからない。
 

暗闇で配電盤のスイッチを出鱈目に、入れては切り、切っては入れてみるのだけれども、照らしてほしい部分は照らされず、照らす必要のない部分に明かりが灯る。開演のブザーが鳴っては、止み、暗幕が上がっては、下がる。いったいどこで、間違ったスイッチを押してしまったのだろう。今となっては見当すらつかないし、その見当も推測の域を出ることはない。僕は配電盤の前で、ひどく当惑する。

 

2018年

4月

23日

(再々)Symptom 20160923(№23)(お萩)

(写真:萩沢写真館


 
職場の連中はどいつもこいつもクソったれだった。いい加減な連中が思いつきで回してくるいい加減な仕事に振り回され、頭の中がいっぱいになる。思考が止まってわけがわからなくなる。業務終了時刻には、俺の頭は引っかき回され、何も考えられなくなっている。めちゃめちゃな形のものを、ぐちゃぐちゃに突っ込むから、いっぱいなるのだ。一人で過ごす時間を取り、めちゃめちゃなかたちの端を揃え、きちんと収納する時間が必要になる。だから俺は、仕事の後でやりたいことがたくさんあるのだけれども、家に帰ると思わず呆然となってしまう。整理整頓の時間が必要なのだ。しかし困ったことに、まだ仕事中にもかかわらず俺の狭い頭の中がいっぱいになってしまうときがある。そんなときはウォークマンのヘッドフォンを耳に突っ込む。頭を外の刺激から隔絶するのだ。一呼吸置くのだ。自分と外界を切り離すのだ。そうしないと、今度は次の症状が出る。
 

今まで「仕事に行くのが吐くほど嫌だ」というヤツの話を聞いたとき、「そんなわけあるか、吐くわけはないだろう、あほんだらが」と思っていた。しかし最近、職場のことをちょっと考えただけで腹にもやもやとした不快感を感じることがある。時にはそれが高じて吐き気にさえなることもある。前の職場では、思い通りに物事が運ばなくてイライラするという事はあったのだが、吐き気は初めてだ。俺はよほどこの職場が嫌いなのだろう、と思う。なんにせよ、あまりいい気分ではない。
 

まだ雪の残る細い町道を、ぐにゃぐにゃとハンドルを切りながら通り抜け、国道へ出る。そこから市の中心部方面へ2キロ、河川沿いを走る国道をただ延々と、川の流れに沿って走る。市街地へ入る一つ手前の交差点を過ぎたところで、そのまま市内には入らず、高速道路のインターチェンジへ通じる側道へ車線変更する。速度を落とし、少し車を寄せ、窓から手を伸ばし通行券を取る。隣のゲートから車が来ていないことを確認し、上り方面の本線に合流する。徐々にスピードを上げて本線の車の流れに乗る。
 

ヘッドライトがとらえる範囲からは、道は永遠に真っ直ぐに見え、その簡潔さに少し安心する。俺は幾分多めに頭をヘッドレストに預け、聴くまでもなく音楽に耳を傾け、それまでより少し多めに息を吸う。俺は高速道路が好きだった。真っ直ぐで、速い。シンプルだ。特に高速に乗り込む瞬間が好きだった。そこには人を安堵させる単純さがあった。町内から国道へ、そしてこうして高速道路まで車を進める一連の流れは、身体の末端を流れる血液が少しずつ集まり、だんだんと太い血管に向かって合流し、心臓へ帰っていくようだ。俺は血管の中の一個の血液だ。そんなことをぼんやりと考える。そして俺は、こうやってだんだんと大きな流れをたどって行くにつれ、安らいだ気分になる。あるいは俺は小川の一滴だ。小川は河川へと流れ込み、やがて河口に行き着く。
 

 血は、どこへ行くのだろう。

 

 水は、どこへ行くのだろう。

 

 俺は、どこへ行くのだろう。

 

こんなんでいいのだろうか? いや、よくないだろう。
 

口の中で鉄の味がした。 気分はメタリックだった。

2018年

4月

22日

二階からの眺めとトモコレ全員集合写真(篠有里)

「愛と書いた色紙は何に使えばいいんだろう」

 

2018/03/29 「街を歩く」 Machi wo Aruku 12 更新。

キーワードは「nostalgia」

Vivicam5050で撮った作品のギャラリーです。

Vivicam5050で花の撮影に出ました。ちょっと歩いただけでぜいぜいしました。急に暑くなったなぁ…。

 

エアプランツを飾るための入れ物を探しに100均へ。

100円以上出す気がない(←ケチ)。

雑貨屋や花屋だとおしゃれで可愛いエアプランツ入れ(ホルダー)が売ってるけど、結構高いのよね。

 

本館「街を歩く」の方も更新してます。作品こっちとなるべく違うの掲載してます。よろしく。

 

 

全員で集合写真を撮ってみました。

いやー、島の住人も増えたなぁ。なるべく全員に食事あげたり遊んだりしてるつもりでも、これだけ人数が居ると

必ず誰かに「お久しぶりです~。どこ行ってたんですか~」と言われる羽目になる。

一軒家の方にいるMii(子育て中)に言われる事が多い。マンションの部屋にいないとつい呼び出してまで

ごはんをあげたりしないから…。

 

 

おまけ。

 

私Miiとホッチ夫婦。

それなりに夫婦仲もよく、現在も絶賛子育て中です。

別れる気配は今んとこありません。

 

 

しかし、夫ホッチの見る夢は…、

 

 

ホッチ(オッサン)の赤い糸の先にはいつも男(オッサン)がつながっているのであった。

ホッチ…あなたもしかして…。

2018年

4月

21日

(再々)Symptom 20160921(№22)(お萩)

(写真:萩沢写真館



部屋の電気は消えている。雨戸も全て閉めた。街路灯に月明かり。いかなる灯りをも全て遮り、部屋の闇は深さを増す。ベッドに横たわるその眼は、開いているのか、閉じているのか。眠っているのか、それとも目覚めているのか。もしかしたら視力を失ってしまったのかもしれない。闇の中にそれらを確信させるものはない。一瞬、光が瞬いた気がする。それはまぶたの裏の残像か神経線維を走る電気信号か。
 

目覚まし時計の秒針が、ファミレスの床に落とされたアルミ盆のような音を立てる。ぐわんらんらああん。「失礼しましたー」悪びれた様子もない抑揚でウェイトレスは言う。「おにぎりは温めますかー?」いやいや違う、そいつはウェイトレスじゃなくてさっき晩飯を調達したコンビニの店員だ。「韓国でいちばん有名な焼酎の銘柄を知っていますか?」いや違う、それはさっきニュース番組の合間のCMで見た韓流スターだ。「ドコカデ、キータコト、アリマスカ?」「I’m sorry, I don’t あんだすたん. Beg ゆあ pardon?」同僚のスチュアート、何を言っているのか分からないよ?スチュアートは日本語を話し、俺はそれを英語で理解しようと必死になる。一日の出来事が何語で起こったものなのか、意識が混乱する。「アリマスカ?」
 

見上げる天井がざわざわとざわめいている。あらゆる種類の無数の地虫が天井一面を這い回る。ぽとり、ぽとり。一匹、二匹。それからそれらは堰を切ったように一気に落ちてくる。とっさにベッドから飛び起きようとした瞬間、わかる。自分の体が動かないのを。
 

 あなたはしにました
 

 つづけますか      はい/いいえ
 

気がつくと雨戸の隙間から、梅雨の晴れ間の夏の色彩を帯びた日光が差し込んでいた。

2018年

4月

20日

単管バリケードとトモコレオーパーツ引き上げ(篠有里)

「単管・クランプ・バリケード」

 

2018/03/29 「街を歩く」 Machi wo Aruku 12 更新。

キーワードは「nostalgia」

Vivicam5050で撮った作品のギャラリーです。

花が色々咲いてきました。体調を万全にして土日は撮影に出たい。

でもなんかまだ背中がザワザワするときがあってな…なんて治りにくい風邪なんだ。

 

エアプランツ可愛い。198円で買ってきたしなびて茶色な個体が水あげたらみるみるうちに回復するのは驚いた。

あとは適正な水やりをして世話していこう。いつか花を咲かせるのが夢。

 

本館「街を歩く」の方は毎日更新してます。写真中心でやってます。

 

 

バーチャルボーイは沈没船から引き上げられるレベルの遺物だったのか…。

 

 

「17世紀に製造されたバーチャルボーイ」

なんてインパクトのある言葉なんだ。

 

 

価値600円>微妙。

 

今バーチャルボーイを中古屋に持ってったらいくらで引き取ってくれるのかな?

ウチの近所にあるリサイクルショップ(大手)は何持ってっても買い取るんじゃなく「仕方ないから無料で

引き取ってあげますよ」な査定が多くてなー。

むかついたから持って帰るって言ったら急に「じゃ、いくらなら売ってくれますか?」と引き留められた。

そういう接客をしろというマニュアルがあるのかね?

 

 

おまけ。

 

右側にいるファスコ(POI)の服…ごめん、こんなんあげてたんだ>半分スーツ。

半分スーツ=見ての通りのびんぼっちゃま(懐かしい)スーツ。前から見れば普通、しかし後ろは…。

2018年

4月

19日

燃えないゴミ各国語とトモコレまた歌で告白編(篠有里)

「ゴミ箱の情報量」

 

2018/03/29 「街を歩く」 Machi wo Aruku 12 更新。

キーワードは「nostalgia」

Vivicam5050で撮った作品のギャラリーです。

病み上がりの身で撮影に出たらめまいがした。まだ本調子じゃないようです…。

 

病院は2回ほど行って薬もらって飲んである程度治った。

でも完全に治ったという気はしない。さすがに病院3回目は避けたい…2回目ですでに「まだおまえ治んないの?」

みたいな顔されたのに…いいじゃないか、しつこい風邪だってあるだろーに。そんな顔すんなよう>医者。

 

エアプランツ始めました。

ホームセンターで茶色くしなびてた個体をゲットして養生してます。今は緑色になりました。

手がかからなくて可愛いんでつい増やしてしまいたくなります。

今日オープンした花屋で値段は高めだけど変わった種類を色々見て欲しくなっちゃったけどこらえたよ。

 

本館「街を歩く」の方は毎日更新してます。写真中心でやってます。

 

 

やっぱり離婚してフリーになったメアリーがクラウリー(スーパーナチュラル)に告白中。

結婚と離婚を繰り返すMiiの所為で人間関係がややこしくなってきている。

 

 

一曲歌い上げて相手の反応を見ます。

 

 

残念。やはり結婚してる相手は落とせないのね。

恋人同士だとOKな場合があるんだけど。

宮野(越境捜査)と付き合ってた母Miiがナルホドくんの告白に何の迷いもなくOK出してたもん。

その場合は宮野は「別れを告げられもせず気がつくと振られて傷心状態」だった、というかなり可哀想な状況に

なります。

2018年

4月

18日

(再々)Symptom 20160919(№21)(お萩)

(写真:萩沢写真館



たずねられると困惑してしまう問いを、僕は幼いときから持っていた。それは世間一般ではごくあたりまえに問われ、そして答えられる問いだ。だれもがこの問いをたずねられ、そしてだれもがこの問いをたずねる。あたりまえ、と扱われるこの問いに、僕はつねに困惑させられる。
 

僕は公立高校の教員をしている。望んでなったわけではない、と思う。もともと僕は、職業というものに対する思い入れのようなものを持っていなかった。大学の4年をむかえた年、同級生たちは皆、教員志望者だった。教員採用試験よりも先んじて始まっている民間企業への就職活動の厳しさを友人たちから感じる機会はほとんどなく、そして僕は、彼らと同様、教員採用試験を受けることになる。
 

「大きくなったら、何になりたい?」子供によくある希望に満ちた将来の夢を聞きもらすまいと、大人は子供以上に目を輝かせて聞く。
 

「何か」に「なる」?僕は大きくなると、今の僕じゃない、「何か」に「なる」のかな。それは僕だけじゃなく、誰でもみんな大きくなると、今の自分じゃない他の「何か」に「なる」のかな。それは喜んだほうがいいことなのかな。今の僕じゃあなくなるっていうのは、ちょっと怖いけど、聞いてる人たちはなにか、とてもうれしそうなんだよな。これから先に、僕という人間を大きく変える出来事が待っていて、今の僕をなにかそうじゃないものとすっぽり入れ替えちゃうのかな。そして僕は、「何か」に「なる」のかな。僕は大きくなったら、大きな「僕」になるんじゃないのかな。でもいったい、大きな「僕」になるんだとしたら、それになる「僕」っていうのはどこにいるんだろう。僕が言いたいのは、こうして「僕」という形をとっている状態のことではなく、そうじゃなくて、なんていうかその、「本当の僕」のことだ。この僕の、外の世界に面する「形としての僕」を、実際に動かし、感じさせ、思考させる「本当の僕」、その「僕」はどこにいるんだろうか。
 

結局のところ僕は誰で、何のために生きていて、これからどうしたらいいんだろう。
 

質問は幾度となく、表面上はその形を変えこそすれ、何度も僕を問う。

「どんな学校に進学したいんだ?普通高校か、職業高校か?それはなぜだ?」

「自分の希望職種を下記の分類より選択し、記号で答えよ。」

「ねぇ、あなたの夢ってなに?」
 

漠然とした僕という存在に対し、その僕の意味についての問いがむなしく、ただむなしく繰り返される。

2018年

4月

17日

(再々)Symptom 20160917(№20)(お萩)

(写真:萩沢写真館)



「こんな風に毎晩毎晩、しこしこしこしこと書きつらっているんだけど、書くことって、結局何の意味があるんだよって思うんだよね。
 

どれだけ整理して、細かく具体的に書いても、それが書いてる俺から離れて、読んでる人たちの頭の中で再度、文章として構成されるときにはまるで違う形をしてるんだろうなって思う。いやむしろ「違う形を成すだろう」って思った方が経験上、且つ実際的に見て妥当なんだよね。
 

こっから見れば確かに夜空の7つの星は‘ひしゃく’の形をしているように見えるんだけど、でもそれはあくまでこの惑星から眺めた場合の話で、ほかの天体から見た7つの星は、もしかしたら‘ちゅうすい’の形をしているかもれないし、もしかしたら‘やまねこ’の形をしているかもしれない。いやーたぶん、何の形すらも成してないんじゃないか。ちょっと悲しいけど、そう考えた方がよほど合理的で、それに効率的でさえあるね。
 

それぞれの愛の形も違っている(んだろーね、きっと)。俺のこの愛は、彼女のその愛とは違っている。もし幸運だったら、それは多くの部分が重なっているかもしれない。ほんの少ししか共有できていなという可能性だってあるだろう。それでも、少しでも感情が重複した部分があればそれはまだ幸いってもんで、もしかしたら重なっていると思っていた部分は思い違いで、まったく異なった次元に浮かぶ二枚の平行した感情でだったりするかもしれない。つまりは俺の言うこの愛は、彼女にとっての愛ではないのかもしれないっつーことだ。彼女にとっての愛が、常に俺にとっての愛とは言えないってのと同じみたいに。
 

「それでも、愛するのよ。たとえその確率が何万分の一の小さなものだとしても。それにどんな現象だって、確率的にみれば必ず起こり得るのよ。たとえ何億分の一の確率であっても、いつか私の住む惑星からも‘ひしゃく’が見えるかもしれない。チンパンジーがでたらめにキーボードをたたいて、それが偶然、シェイクスピアの文章の一節になる可能性だって思っているほど低くはないんだし、もしかすると明日、あなたの書きたかったことが世界中の人々にあまねく理解されて、世の中が、パパイヤがいたるところに実る愛と慈しみにあふれた楽園に変わるかもしれない。」
 

いやーだめだね、そんなことはありえない。」

2018年

4月

16日

高カロリーパワー弁当とトモコレ歌で告白編(篠有里)

「高カロリーをものともしない体になりたい」

 

2018/03/29 「街を歩く」 Machi wo Aruku 12 更新。

キーワードは「nostalgia」

Vivicam5050で撮った作品のギャラリーです。

次もVivicam5050のギャラリー更新しよかなと思って準備してたんですが、風邪の所為で撮影が捗りません。

 

風邪の猛威は家族中に蔓延。私が外から持ち込んだばっかりに…。

咳、喉の痛み、関節痛、倦怠感などは同じですが、高熱を出したのは私だけだった。

 

本館「街を歩く」の方は毎日更新です。よろしく。

 

 

キャス(スーパーナチュラル)と離婚してフリーになったマシンがスペンスに歌で告白してた。

画像だと分からないけど「ふたりの ピクニック♪」のあたりは結構な熱唱です。

 

 

唐突に終わるラブソング。

スペンスの答えは…、

 

 

OK!告白成功。

Miiの「歌で告白」の歌詞はなんかみんなストーカーっぽい気がする…。

「じっとり見つめてる」「いつも見てたの」みたいな…。

2018年

4月

14日

(再々)Symptom 20160915(№19)(お萩)

(写真:萩沢写真館)



「まあこうやって一日おきに何か書いてるわけだけど、なんつーか、書くことって意味があんのかなーってときどき思うんだよね。なんかこう、書いてると、書いてるにもかかわらず書きたい事から逆に遠ざかってるような気がしたり、文章にしようとすればするほど、書いててなんか、自分がなにを文にしようとしてんのかってちょっと訳わかんなくなったりする時ってあるんだよね。
 

話のほころびを手直ししようとしたら逆にほころびが広がっちゃって、それを直す手直しが必要になっちゃったり、補足説明のつもりがその補足説明にさらに補足説明が必要になっちゃって、どんどんどんどん話が本題から離れて行っちゃうような、そんな感じ。
 

「私の発見は、偉大なる先人の肩の上で行われたものだ」なんてことを偉い科学者が言ってたんだけど、さらに言うとしたら、書くことってのもまた同じ事なんじゃないかって思う。何かを書く。だけどそれって完全なオリジナルなんかじゃなくて、所詮先達の書いたものをなぞっているだけのこと過ぎない。完全なオリジナルなんて存在せず、すべては何かの模倣で、要するに入力されたもの以上の出力を放つなんてことはありえない。何であれ全てはいずれかのソースに頼ってるっつー。そういえばもう一つ、有名なコピーライターが言ってた。「新しいアイデアとは既存のアイデアの掛け合わせである」って。」
 

それでも僕は、ときどき目の端でちらりとまたたく6等星の光のような脳裏を横切る想いを、気持ちを、愛しさを、表現せずにはいられない。
 

2018年

4月

12日

段ボール箱とトモコレMiiコーディネート(篠有里)

「窓の中のトップ箱」

 

2018/03/29 「街を歩く」 Machi wo Aruku 12 更新。

キーワードは「nostalgia」

Vivicam5050で撮った作品のギャラリーです。

 

絶賛風邪ひき中。

病院の薬のお陰で大分よくなったけどねー。

風邪ひいてから妙に寒い日が続いてる(雪降った)から、油断しないでしっかり治してしまいたい。

もうこれくらい治ればいいや、みたいに注意を怠るとぶり返しそうな気温だもん。

 

本館「街を歩く」の方もそれなりに毎日更新してます。よろしく。

 

 

Mii達の勝手なコーディネート1。

Hawaii Five-0のマクギャレットがウサギのかぶり物を装備中。

「変わったかぶり物が欲しい」と言われて与えた物を今引っ張り出してしまったのか。

 

 

変わったコーディネート2。

鷺沼さんがきゃわいいエプロンドレス装着してる…あげたのは私ですが、自主的にこれに着替える率が

地味に高い気がします>鷺沼(越境捜査)さん。

 

 

おまけ。

 

龍如の金村兄弟+秋山でおそろい犬ぐるみ写真を撮ろうと思ったら、いざ撮影の段になって新井の兄貴だけ

犬ぐるみを持ってないことに気付いた。事前にちゃんと与えておけよ。

仕方ないので獣っぽいアイテムは他にないかと手持ち服でどうにかしてみたらごらんの有様だよ!状態に。

記念撮影というより、何かのプレイ中みたくなってます。主に黒パンツ+ネコミミのせいで。

2018年

4月

10日

(再々)Symptom 20160913(№18)(お萩)

(写真:萩沢写真館



「まーこうやってだいたい2日にいっぺんなんか書いてるわけだけども、これがなかなか簡単なようでそうでもないんだよね。書くときいっつも思うのよ、いったいどっから書きゃいいいんだか、どう書きゃいいんだか、いつから書きゃいいんだか、そもそも端っから書くべき何かなんて存在すんだか、ってね。もやもやっと浮かぶいろんな考えを文字にして、それをこのポメラの画面に出す瞬間、それはそのもとの考え以上に派手な感じになっちゃってたり、それでいて肝心なところが抜けちゃってたり、つまるところ最初とぜんぜん違う形になっちゃってたりで、浮かんだとおりになるなんてことはまーほぼほぼない。いやいやいやなんつーか逆になんらかの形になっちゃった時点で、そのもともとの考えが、不恰好だったり、無意味だったり、なんとなーく場違いな存在に見えちゃうような、そんな悲しいことにもなってたりして。まあカッコつけて言えば、想い焦がれていた絵葉書の場所が、行ってみたらただのうら寂しい原野だった的な?わかるでしょ?」


約束の土地までは、あとどれだけ歩けばいいのだろう。大分、歩いた気はするけれど、それも確かではない。大分、進んだつもりだけれども、それも確かではない。進んでいるのかどうかも、確かではない。あの枯れ木は、さっき通り過ぎた枯れ木と同じものではないだろうか。太陽の位置が、進むべき方向と違っているのではないだろうか。立ち止まれば、足元の泥土が、少しずつ体を飲み込んでいく。進むしかない、たとえもと来た道を引き返しているのだとしても。進むしかない。

 

2018年

4月

08日

(再々)Symptom 20160910(№17)(お萩)

(テキスト:萩沢写真館 / 写真:篠有里)

 


模擬試験を受けた。自転車がパンクした。引っ越し屋のバイトをした。ピアノを弾いてみた。髪を染めたくなった。風邪で学校を休んだら女の子がノートを取っててくれた。マックでダベった。酒を飲んでみた。遊園地でダブルデートをした。女子の後輩に待ち伏せされた。母親に泣かれた。アメリカに行った。ビートルズに心酔した。友達が学校を辞めた。図書室で英単語の練習をした。駄菓子屋の先輩と歩道橋でデートをした。不良に殴られた。先生の彼女を見た。スタンドバイミーみたいなことがしたかった。友達の恋の相談に乗った。予備校の授業をもぐりで受けた。見知らぬ女の子から挨拶された。寝ていたら先生に学校を辞めちまえと怒られた。新聞配達のバイトをした。ドブに落ちた。ホルンを吹いた。古文の助動詞の活用を覚えた。転校生の友達ができた。つまらない冗談ばかり言っていた。後輩が突然死した。仮病で学校を休んだ。剣道の授業が嫌だった。エロ本を回し読みした。いとこの結婚式に出た。文学に手を出し、諦めた。犬を飼った。雪で滑って自転車ごと転んだ。親父と口をきかなかった。家庭教師がついた。水疱瘡になった。童貞じゃないと嘘をついた。不良の後輩にしたわれた。部活を引退した。カッコをつけてメガネをかけなかった。課外講習を受けた。学校帰りに海水浴に行った。ひどく下痢をした。女の子と手紙のやりとりした。赤点を取った。夜中まで起きていた。自分が何も分かってないと分かった。雪玉をぶつけられた。代数幾何が苦手だった。いつもシャツを袖まくりしていた。テレビの話ばっかりしていた。鼻血を出した。友達の彼女とキスをした。第一志望の大学に落ちた。
 

2018年

4月

07日

路上の氷とトモコレ母Miiの家族(篠有里)

「雪上ゴミ(というより氷)」

 

2018/03/29 「街を歩く」 Machi wo Aruku 12 更新。

キーワードは「nostalgia」

Vivicam5050で撮った作品のギャラリーです。

 

春、日差しも暖かく心が浮き立つこの季節、私は…

ごっつい風邪ひいてます。何故こんな目に。

夜中になると熱高くなる(確実に38度以上になってるけど、測ると余計調子悪くなるので確認しない)から

寝られないし咳は出るし関節は痛いし頭グラングランするし何食ってもまずいし家族からいらん子扱いされるし。

冬中マスクで完全防備&インフルの予防接種はちゃんとする等の策を講じて風邪から身を守っているのですが、

毎年4~5月頃になると油断するのかこーやって熱を出す風邪を引いてるような気がします。

 

本館「街を歩く」の方も(こんな体調ですが)毎日更新してます。よろしく。

 

 

おまけ。

 

母Miiの家族。若い旦那との間に子どもが2人。

母本人に「何この帽子…」と不評を買いました。

 

 

おまけその2。

 

祖母Miiの所に産まれた子をちょい改造してブラウン神父にしてみた。

このままマンションに残そうと思ったけど、神父服っぽい衣装がないので断念した。

顔があまり似てない場合(主に私の造形能力のせい)は衣装でその分補うしかないからなあ…。

2018年

4月

06日

(再々)Symptom 20160908(№16)(お萩)

(写真:萩沢写真館

 


会議百景
 

「んと、ニュアンス?んーと、えーと、ほんで、ほんでもって繰り返しませんのでもう一度言うと、重要かなと思うものをいくつか8点あげました。そんでB5版の折ってある小冊子風の全部は読みません。英語ではない方です。」
 

「どうですか?よーしいいんじゃないですか?どうします?ではどうしますか?いいですか?もう一組ぐらいですか?いいですか?少々は仕方ないですね。これで終わりたいと思います。」
 

「ふざけんなよ!何言ってんだよ!今そんな話関係ねえだろ!てめぇ、弁護士にでもなったつもりか!当たり前の事言うんじゃねえよ!それじゃあ昨日の選考委員会の原案はいったい何だっつーんだよ!だったら一回、てめぇもやってみろっつーんだよ!お前ら全員、バカなんじゃねーの!?バカだバカ!バカども!!」」
 

2018年

4月

04日

(再々)Symptom 20160906(№15)(お萩)

(テキスト:萩沢写真館 / 写真:篠有里)

 


「文章38」
 

彼女はひどく憔悴した様子で言った。
 

「自分が磨耗しているのが分かるのよ。一日、一日と、少しずつ、本当に少しずつなんだけど確実にすり減っているのが。そのことを考えると気が狂いそうになるわ。ひどい焦燥感に駆り立てられるのよ。でも、それでも体が動かないの。どうしていいか分からないのよ。ただすり減るのを黙って見ていることしかできないの。」
 

そう言って彼女はガラス越しに外を歩く通行人をきょろきょろと目で追いながら、アイスコーヒーを一口吸い上げた。
 

「でもね、そうなのよ、きっと。私の中に乱雑に、うず高く積もる言葉。きっとそれにある日突然、天から一筋の光のようなものが射すわ。そして自然の成り立ちと同じように、それらを整然とした「体系」に並べてくれるの。ううん、その「体系」はもともとそこにあって、私はそれに気づいていないだけなのかもしれない。それを示してくれる天啓のようなものが、何かの弾みで私の頭に閃くの。そんな時を待っているのよ。」
 

僕に天啓が訪れることはなかった。日常との接点を見いだし、社会に慣れることで、僕はある種の力を回復していった。それは僕が病に伏したときに心から望んだ力だった。しかしその回復は同時に、ある種の閃きを失わせていった。ひどく鋭敏だった僕は、どんどん愚鈍になった。しかしそれが僕に見合った幸せなのかもしれない。
 

彼女はきっと天啓に導かれたのだろう。彼女は幸せだったろうか。 

 

2018年

4月

02日

地味Vivicam5050とトモコレ般若面の日常(篠有里)

「裏側は無防備(店舗編)」

 

2018/03/29 「街を歩く」 Machi wo Aruku 12 更新。

キーワードは「nostalgia」

 

ビビカムで撮ったとは思えない地味さ>写真。

主に被写体選定の所為で。あ、つまり原因私だよ。

ビビカムは花撮ってなんぼじゃないかと思っている。しかしこっちではまだ水仙すら咲いてない。

クロッカスがなんぼか頑張ってる程度だ。木の花ではミツマタというところか。まだ花が少ない時期です。

 

先日くじ(1000円以上のレシートで1回)で久々にポケットティッシュ以外の物が当たった。

うれしかった。もらったの食器洗い用洗剤でしたけど…。

 

本館「街を歩く」の方も(なるべく)毎日更新してます。よろしく。

 

 

おまけ。

 

般若面装備な真島の兄さん(龍如)の日常。

部屋に兄弟分の冴島が遊びに来てたり、春の公園で1人ピクニックしたり、深夜の屋上呼び出ししたり、

毎日を楽しく過ごしています(多分。表情読めないけど)。

2018年

4月

01日

(再)Symptom 「Insomnia」まとめ(お萩)

(写真:萩沢写真館

 

 

年が明けてからの7日間、僕はまるまる眠ることができなかった。といってもそれはとりたて苦しいものではなく、単に眠りが訪れないというだけであった。しかし、ちょうど1週間目にあった職場の定期健康診断でそのことを告げるとそのまま病院に行くように言われ、病院では医者から、そのまま仕事を休むように厳命された。そして僕は休職期間に入った。

眠れないというのは不思議なもので、初めのうちこそ少し焦ったりしたのだけども、次の日、特に眠気で生活が脅かされるというわけでもないとわかると、その焦りもなくなってしまった。それまで寝ていた時間にベッドに入り、灯りを消して一晩中、暗い部屋で、実際は暗くて見えない天井を眺め、朝がくるのを待つ。


眠れない日々はそれからさらに7日続いたが、特に健康上に異常がないとわかると、僕は仕事に戻った。

眠れなくなって15日目。仕事に出た最初の日の晩のことだった。自炊をしていると突然、呼び鈴が鳴った。ドアを開けると作業服を着た50前ぐらいの男が愛想笑いをして立っていた。

「いやーすいません、ちょっと間違っちゃいまして。すいませんが少し点検だけさせていただいてよろしいでしょうか?」と言った。僕は鍋に火をかけていたのでとりあえず上がってもらい、なんらかの「点検」をしてもらった。

僕は鍋から手が放せなかったので、男がなんの点検をしているのかよく見ることができなかったが、「これだこれだ、よし、これでよし」と言う声がベッドルームから聞こえた。

詳しい話もできず、どうも次の点検を急いでいるようで、男は「ありがとうございましたー」と靴を履きながら言うと、ドアを開けて去っていった。

鍋の火から少し離れるようになれると、僕は途中の部屋のそこかしこを眺めながらベッドルームへ向かった。

ベッドにはおそらく僕が寝なていない15日間、ずっと寝っぱなしだった男が寝息を立ててぐっすり寝ていた。どこで入れ違ったのか僕は眠らない方の僕で、このベッドに横たわっている僕そっくりの男はぐっすり寝てばかりの男だったようだ。

無性に腹が立ち、寝ている男の尻お思いきりけ飛ばすと、男は目を覚まして「ああ、もう15日か。じゃあ次はあんたの番だ」といって、ベッドから降り、僕を無理矢理ベッドに寝かした。それから15日間の記憶は、僕にはない。

 

2018年

3月

31日

(再々)Symptom 20160831(№12)(お萩)

(写真:萩沢写真館

 


ちょっと遅い昼食をたったひとりで、近所のファミリーレストランでとっていた。(あまりにも中途半端にお昼から時間がずれていたので、「一人なの?ファミレスなのに?」と突っ込む誰かさえ見つからなかった。)
 

八宝菜ピラフをほおばりデザートメニューを遠くへ近くへしながら老眼チェックをしていたら、ひそひそ声だった角のパーテーションに区切られた席から突然、普通の会話よりも1トーン大きな声が聞こえた。
 

「いい!?あんたのはね、頑固じゃなく、意固地って言うんだよ!守りたいモノを積極的に守ること、それが頑固。あんたはね、ただ状況が変わるのが怖くて、単にただ何かにしがみついているだけよ!そんなの頑固って言わないわ!状況が変化(そしてそれは必要であるとあなたはもうすでに気づいているはず!)する事で起こる事物を受け止める自信がないだけ、ただそれだけよ!結局、ワイフビーターの息子なんて所詮、ワイフビーターなんだよ!このマニュアル教師!!」
 

茶髪で短いスカートの女子高生がそう言い捨てて勢いよく席を立ち、ドリンクバーにカルピスのお代わりを取りに行く姿が見えた。きっと「マニュアルなんとか」って言ってみたかったんだろう。
 

店内BGMはジェネシスの「インビジブルタッチ」、オーケストラバージョンだった。
 

後から入ってきて空席を空けた二つとなりのパーテーションの席に座った、中年の男の一人(メガネをかけて、折り目正しいワイシャツを着た清潔感がある方)が、もう一人(さも今たたき起こされて無理矢理急いで着替えさせられたような、上下別なメーカーのジャージを着て寝ぐせ頭にキャップをかぶったような男)に青い顔をして真剣に何事かを相談している。
 

「シャワーを浴びているうちに考えるんですよ、もう仕事なんて行きたくないって。」

「はあー、仕事、行きたくなくなるんだー?」

「髪を洗うときなんて、目をつぶるじゃないですか?」

「うん、目をつぶるー?」

「そうすると一発ですね、もう行きたくなさすぎて死にたくなる。」

「ああ、もうすごく行くのがいやなんだねー?」
 

この時間帯は厨房とホールを兼ねて働いているらしく、呼び出しチャイムが鳴ってもなかなか店員が出てこなかった。「ピンポーン」と虚しくベルだけが鳴る。試しに頭の中でこう言ってからベルを鳴らしてみた。
 

時々死にたくなる。「ピンポーン」

時々身に回りのものが全て嫌になる。「ピンポーン」

デザートにホットケーキをひと

‥言い終わる前に奥から「ただいま参りまーす」と聞こえた。
 

BGMはポリスの「見つめていたい」に変わっていた。 

 

2018年

3月

29日

Vivicam5050で更新とトモコレ面長息子編(篠有里)

「M川町の古アパート」

 

2018/03/29 「街を歩く」 Machi wo Aruku 12 更新。

キーワードは「nostalgia」

 

つーわけで、Vivicam5050でギャラリー更新ました。いやー、めっさ突貫作業になっちまいましたが…。

去年も3/29にギャラリー更新してましたね。亡くなった父の誕生日に更新したいと思っているので。

と言うわけでもう1つのキーワードは「父に捧げる」とか「セルフ父の日」にしといて下さい。

 

本館「街を歩く」の方も(なるべく)毎日更新してます。よろしく。

 

 

おまけ。

 

ホッチ(クリミナルマインド)と私Mii夫婦の間にまた子どもが産まれました。

産まれた時は「割と可愛いか…いや普通か?」と思ってたのに、成長したらホッチ寄りになった。

子どもっぽくない地味な顔というか…面長なのが原因か?

2018年

3月

27日

(再々)Symptom 20160822(№08)(お萩)

(写真:萩沢写真館)

 


結局今日も俺はただ、寝ころんで奇跡が起こるのを待っている。待ちながら、自分の無能さに呆れている。
 

天分もない。オーラなんてない。カリスマなわきゃない。
 

ただもう、天井を眺めながら世界が変わるのを待っている。時間だけが過ぎる。惰性に流される毎日。
 

日々は刻々と過ぎ「やるべきリスト」も全く更新できない。
 

むしろ、こんなにもやるべきことがあることに気づき、ひどく、疲れる。
 

どうやったら勝ちでどうすれば負けなのか。どうやったら前進したことになるのか。

 
どこに置いてあるのか分からないタイマーが、おかしな時間に「ピピッ」と鳴る。
 

もういい加減にしてくれよ、とつぶやいてみる。
 

2018年

3月

25日

(再々)Symptom 20160820(№07)(お萩)

(写真:萩沢写真館

 


ねえあなた、想像してみて。そこには目的がないのよ。作業だけが延々と続いている。目的のない作業だけがただ毎日、繰り返されるの。すかすかの、まるで豆腐を切るような手応えのない作業が。

誰から受け取った手応えのない作業に、適当に意味のない飾りをつけて誰かに渡すの。それがなぜ、自分が生きるためになるのか分からずに。それがなぜ、自分の生活を保障してくれるのかを理解できずに。ただ右から流れてきたものに適当な作業をし、それをさらに右に送ってやるだけなの。

なんのために?人々は生きるためにその作業を繰り返し、作業を繰り返すために生きる。なんのために?そこには、生きている実感がないの。その作業を行うことで、どうして自分の生が保証されるのかっていう実感が。なんのために?目的のない作業だけが延々と続くの。血の通わないすかすかの作業を、今日もまた誰かから受け取り、あらかじめ決められた通りにそれを片づけるだけなの。なんのために?

ある意味それは楽なことなんだと思うわ。適当に渡された作業に適当な加工をして、それを適当な誰かに渡す。それだけのこと。

でもそれじゃあ私は、はたしてこの世に生きているってことになるのかしら。ほんの少しでいい、私がその作業をしたんだっていう印が、証が、誇りが残らないんだとしたら、その作業が他の適当な誰がやっても問題のない交換可能なものなんだとしたら、私はこの世で生きているって言えないんじゃないのかな。それじゃあ私はただ、作業という形をした巨大なシステムを維持するために、単に生を差し出しているに過ぎないんじゃないのかな。

私は適当に生きることなんてできない。適当に生きるくらいなら死んだ方がまし。提供するだけの生なら、いっそ終わってしまった方がいいの。だってそうでしょう?生を提供するだけの生活なんて、もはや死んでいるも同然よ。生きている、その証が残らない毎日なんて、生きていることにカウントなんてされないもの。

じゃあそう言うおまえは一体どうなんだよ、と言うクールな視線で80センチ頭上に浮かんだ俺が、俺を見下ろす。 

2018年

3月

24日

(再々)Symptom 20160818(№06)(お萩)

(写真:萩沢写真館)

 


なあ、安穏と暮らせよ?安定した仕事。社会保障。各種手当て。終身雇用。何を焦ってるんだよ、もういいだろう?おまえにしてはよくやったじゃないか。
 

高校の成績は真ん中より下、地方三流無名大学の文学部をどうにか卒業。おまえがこれ以上、何を望む?おまえの努力以上に十分に与えられた生活じゃないか。そんなに欲張ってどうするんだ。もう、十分だろ?
 

満足しろよ。満足して、従って、波風立てずに穏やかに暮せよ。予定された将来に、計画された未来に乾杯、だ。
 

おまえは自分の何が許せないんだい?おまえは一体、何から逃げ出したいんだい?あなたはいったい何から逃げ出したいの?ある旅人が言っていたわ。望むから、苦しいのよ。望みなんて捨てるの。敢えて苦しむことなんてないじゃない。あえてくるしむことなんてないだろう?
 

君はそうやっていつも苦しんでいる振りをし、満たされない自分を演じて、それで自分を周りの連中と違うんだって思いたがっている。でも君は知っているじゃないか。君は他の誰とも違っていない。いかに君がそうじゃないように振る舞っても、君は君を落胆させるに十分なほど凡庸だ。
 

地獄も天国もないんだ。あるのは平坦で平凡なありふれた日々。自己を表現する必要なんてない。そもそも表現する自己なんて存在しないんだ。自己を表現しなければならないほど、お前と他人に差異はない。
 

さあ今日もパソコンの電源を切ってお薬を飲んでみんなと一緒に静かにお休み。他のブタどもと一緒にむさぼるように眠るんだよ、ブタ野郎。

2018年

3月

22日

(再々)Symptom 20160816(№05)(お萩)

(写真:萩沢写真館)

 


ここではないどこかに、今の君をありのままに受け止めてくれる場所があると君は信じているようだね。そう、そこはまるで楽園のような場所。しかし残念ながらそんなものはどこにも存在しない。こことは違うどこか、君の全てを受け入れてくれる場所、そんなものはないんだ。それらは全て幻想にすぎない。
 

楽園っていうものはね、いいかい?ここからが大事なんだけど、自ら武器を持って戦火をくぐり、荒れ果てた原野を明日の保証もないまま耕し、そうやって君自身が作り出すものなんだよ。探したって見つからないのさ。なぜなら楽園はまさにそこ、君が立っているその場所にあるからなんだ。これは比喩でもなんでもない。君が今立っているその足の下に楽園は存在するんだ。だから楽園を欲するのであれば、自分の戦場を逃げちゃいけない。荒れ果てた地を耕し、種を植え、水をまくことを怠ってはいけない。そこが戦場だろうと、荒野だろうと、君の生きる場所はそこにしかないんだ。
 

さらに皮肉なことに、「楽園」というのは「戦場」や「荒れ野」と言う言葉と対になるものなんだ。「楽園」があるところ「戦場」があり、「戦場」があるところに「楽園」がある。相補的なものなんだよ。わかるかな、それらの場所は互いなくしては成立しないものなんだ。
 

なぜなら楽園を感じるためには、戦場を感じる必要性が必ずあるからだよ。「楽園」というのは絶対的なものではない。それはあくまで相対的なものなんだ。「戦場」があるからこそ、「楽園」を感じることができる。「不幸」があるから「幸福」を感じることができるのと同じことだ。だから君は自分の戦場を逃げ出すことはできない。逃げた先にエデンの園が待っていることはないんだ。

2018年

3月

21日

正しく歪む光景とトモコレ新生活な2人(篠有里)

「正しく歪むM川町」

 

引き続きVivicam5050絶賛試し撮り中、というかもう試しじゃなく本格始動ですね。

今月中にビビカム写真でギャラリー更新予定です。

 

使ってて予想がつかないのが面白い。晴れた日の屋外でも手ぶれてたり、何故かピンが来なかったり、

室内でもちゃんと写ってたりそーじゃなかったり。ここでこう来るのかーといい意味で期待を裏切るカメラ。

ただ、使ってて「あ、これははっきりこういうクセがあるカメラなんだ」と思ったのは↑の写真を見たからです。

私は立ち止まらないで歩きながら撮り(逃げ)する派なんですが、動いてる私が通りすがりに看板撮ったら

こんな感じで歪んで写ってた。肉眼では看板はまっすぐ、後の道路も上り坂っぽく写ってるけど平地です。

気をつけてみたら他にもこうやって写ってる写真あったよ。ちゃんと写したきゃ落ち着けって事っすな。

あとは網系に弱いというか、どこにピンが来てんのか分からない感じに写る。それも味だけどね。

ゴミ網や金属製ゴミ箱の撮れ方が明らかにa520さんとは違う。その写真は機会があればここに掲載します。

 

本館「街を歩く」の方も更新してます。よろしく。

 

 

おまけ。

 

新生活の時期になったトモコレ新生活のMii達。人生をやり直したいとのことで特別に幼稚園への入園許可が

下りたJJ(クリミナルマインド)とこの歳になってひとりでできるもん!と初めてのお使いに出た弟Miiです。

2018年

3月

19日

(再々)Symptom 20160812(№04)(お萩)

(写真:萩沢写真館)

 


「ジュッ」と音がしたような気がした。それから突然左の頬が熱くなった。実際にやったことはないが、それはちょうど熱した鉄板に左の頬をくっつけたような感覚だった。それが痛みだと分かるまで少しかかった。それから俺は左頬を押さえながらその場にうずくまって大声で泣き出した。小学生だった俺にとって、「痛み」はすなわち「泣くべきこと」だった。本当のところは痛みで、というよりは、突然のことに「驚いた」だけだったのだけれども。
 

「大丈夫だって、やれるって」俺は言った。俺は4月生まれで、誕生日がクラスでいちばん早かった。その「生まれが早い」という事実は当時、クラスでいちばん年上だということを表し、そして実際、俺は自分がクラスでいちばん(何についてなのか根拠や自覚はないのだが)だと思っていた。
 

俺たちの住んでいた場所は大規模な開発地域で、まだ大型ショッピングモールも地下鉄もできてなかった。空き地(これもたくさんあった)や道の端のそこかしこに、土管やら、単管パイプやら、何に使うのか分からない不規則な形をしたコンクリート製の「何か」やらがそこかしこに中に山と積まれていた。通学路は舗装こそはしてあったが、とにかくなんだか知らないけど急いでコールタールを砂利道にぶちまけた、まるで地下に埋まっていたカプセルを開けたらアキラが出てきてそれを再び封印するために急いで塗り固めたような雑な作りで、しかも工事のために何台ものダンプカーがガンガン行ったり来たりしていたせいで、そこかしこが痛んでいた。
 

「道を渡るのに車が通り過ぎるのを待っているとさ、いつの間にか通り過ぎてることってあるよね?」そんな他愛もないひとことが始まりだった。「そうかなあ?」やなちゃんが言った。こいつは足が臭かった。靴下をはいてないからだ。「うーん??」たかだっちょも何とも答えようがない顔をしていた。まあ普段からなにか、答えに困っているような顔をしていたのだが。「いや、あぶないよう」真紀が言う。転校してきたばかりの真紀には、ぜひ年上としてのいいところを見せなければならない(同じ学年なんだけど)。
 

「自分が強い」という自覚のある者はわざわざ自分の強さをひけらかさないものだ。いちばん年上にもかかわらずやせっぽちで(クラスの男子でいちばん体重が軽かった)、ドッヂボールが苦手で(小学生にとってのドッヂボールは、プロ野球やプロサッカーよりもかっこいいスポーツだ)、まだ暗いところが怖かった俺は、なにかにつけて「いちばん年上である」という「自分の強さ」を(もちろん俺以外はそんなこと、誰も「強さ」のうちに数えてなんていなかったのだが)証明しなければならなかった。
 

「いや、そうだってば」年上の俺の言うことが間違っているって言うのか?「じゃあやってみっからよ」俺はそれを実際に証明せざるを得ない状況に自分からどんどん入っていた。
 

左手側から車道を直進してくるダンプカーを遠目に確認し、目をつぶり、俺はゆっくりと道を横切りだした。
 

不思議なことにダンプカーは俺の左頬「だけ」に熱した鉄板を押しつけられたような痛みを残し、そのまま走り去った。ダンプカーはクラクションを鳴らしたり、避けたりしなかったのか。なぜ、左の頬だけをケガしたのか。そのことについては全く記憶に残っていない。覚えているのは次の瞬間、熱く痛んだ左の頬を押さえて車道にしゃがみ込んでいる自分の姿だけだった(それもバイオハザードのようなサードパーソンシューティングゲームみたいな視点で)。
 

次の日、俺は左の頬に大きな絆創膏を貼って学校に行かなければならなかった。絆創膏は、チキン野郎がチキンじゃないことを証明するために無理してチキンレースに参加し、チキンレースなのにもかかわらず最終的には障害物に突っ込んでしまい、しかも泣いたというドジさとチキンさを証明していた。
 

(暗転~スタッフクレジットロール/BGM スタンドバイミー)
 

2018年

3月

18日

(再々)Symptom 20160809(№03)(お萩)

(写真:萩沢写真館)

 

全体は部分によって構成される。

しかし、部分の集合は全体ではない。

部分が集まることで、そこには全体性が生まれるからだ。
 

私は一度、部分となった。

それから15年、私は私の部分を探し続けた。

ほぼ全ての部分を回収したが、それらの作り出す全体はかつてと違う全体性を持つようになった。
 

それがよいことなのか悪いことなのか、私にはまだ分からない。
 

事実は、以前とは違った全体性を持つ私が存在しているということだ。
 

俺はきっと、頭が狂ってしまっているのだろうな。

 

2018年

3月

17日

雪のない歩道とトモコレ変な衣装で記念写真(篠有里)

「K大通りの歩道にて」

 

今年は雪が消えるの早い。

いつもなら4月まで家の周囲の氷(置き雪が凍ったもの)を割って道路にまいてとかす作業を結構長く

やんなきゃならないんだが、今年はそこまでしなくてもかなりの量が自然に雪がとけた。

一昨日までの暖かさ(というより暑さ)のお陰かな。

 

今月中にVivicam5050でここのギャラリー更新しよかなと思ってます。

それにはまず作品数をかせがねば。30枚以上は欲しいのう。頑張って撮影しよう。

 

本館「街を歩く」もよろしく。

 

 

おまけ。

 

晴れて結婚したルー(Hawaii Five-0)と松本さんの娘ルビー。

 

 

しかしその後の新婚旅行の記念写真がこれである。

ルーの衣装が腰みの+ハイビスカスという状態で大都会NYを旅する2人。幸せならそれでいい。

2018年

3月

15日

(再)Symptom「パンの話」まとめ(お萩)

(写真:萩沢写真館

 

 

俺はさっきから小一時間ばかりベッドに横になり天井を眺め、マインドフルネスで習ったとおり息を吸ったーり吐いたーりしながらときどきくる疲れ目をマッサージしたり、直接当たるエアコンの風から足をどかしたりして、さて何から始めようかと考えていた。
 

しかしまったくもう四十も過ぎてるっていうのに俺はいったいどうしたらいいのか、逆に年々迷うようになってきています。何が正しいのか、何を目指して歩いて行けばいいのか、何を貫き通すべきなのか。若い頃に持っていた「根拠なき自信」を失った今、戸惑い、迷い、途方に明け暮れています。(まあ、あれは無くしてよかった、あんなもんいつまでも持ってたら恥ずかしいぜ。)これっていつか終わるんですかね?それともこれが「成熟」ってもんなんですかね?なんか若い頃より生きづらくなっているような気さえするんだよ。
 

キリスト教学の先生は言ってたっけ、「おのれの欲することを人にせよ」って(ついでに「仏教国では「されてイヤなことを人にするな」って教える」って言ってた。そのキリ教の先生は日本人なんだけど洗礼を受けてクリスチャンになってた、ちょっといけ好かねえ感じの野郎だった。多分ゲイだろう)。でもこの「教え」を聞く度に、思い出す話があるんだよな。それは小学生の給食の時間、毎日流れていた道徳めいた話だ。
 

パン屋の話だった。パン屋のおかみさんは、毎日コッペパンの切れっぱしを買いにくる、貧乏そうな若い画家のことを考えてるんだ。描いたって絵なんて売れないんだろう、毎日毎日、その画家はコッペパンの切れっぱしばかし買っていった。どう考えてもそのパンは画家の腹を満たすような代物じゃあない。おかみさんは不憫に思ったんだな、ある日、その画家が買っていくコッペパンにバターを塗っておいてあげた。少しでも画家がおいしくパンを食べられるように、だ。そしたら次の日、その画家がおかみさんのパン屋に飛び込んできた。俺を含む40人のベビーブームのガキ共は、画家がおかみさんに感謝して礼を言うために勇んできたのだろうと思ったよ。そのぐらい小学生のガキでも言わんでもわかるぜ、ってな。そしたら次の瞬間、画家は礼どころか店の中でおかみさんに向かって怒鳴り散らしたんだ。「いったいどうしてくれるんだ!!」俺たちはおかみさんと同じくきょとんとしながらその貧乏な画家の前にただ立ち尽すだけだった。
 

どうだい、つかみはオッケー?続きは次回。


その絵描きはコッペパンの切れっぱしを食うために買っていたんじゃない。そいつはコッペパンの切れっぱしを使って、カンバスに描いた線を消していたんだ。もちろんバターなんてついてたら絵はただで済むわけがない。おかみさんの塗ったバターに気づかずにパンを使っちまったんだろう、絵は台無しだ(もっと早く気づけよ)。おかみさんは自分が望むような親切を貧乏な画家に施したんだけど、結局はそれがアダになって絵はダメになってしまった。
 

そんな話だった。いったいこの物語の何を、学校宇給食を与えられているガキ共の教訓にしたかったのかよく分からないが、とにかくバッドエンドのお話ってものに慣れてなかった小学生の俺はひどく驚いた。その話では桃から生まれた子が鬼を退治してはくれなかったし、灰を巻いたら桜が咲いてお殿様を喜ばせることもなかった。
 

呼吸に集中する。息を大きく吸い、できるだけ長く吐く。吸うことに集中し、吐くことに集中する。吸って、吐く。そうするうちは過去に打ちひしがれることもないし、未来におびえることもない。今現在、ここで呼吸をしている俺がいる。ただそれだけが事実だ。

 

2018年

3月

14日

赤いママダンプとトモコレ公園でうたたね(篠有里)

「雪かきの季節の終わり」

 

引き続きVivicam5050絶賛試し撮り中。見ての通り↑相変わらずものすごく地味な被写体選びしてます。

 

先日ちょいと申請の機会があったんで、ものすごく暗い室内(昭和時代の古い庁舎。昔の役所独特の暗さ)で

試し撮りしてみました。正直かなり厳しいっすね。ほとんど手ぶれだったし。

ホワイトバランスを太陽光のまま+露出プラス方向に補正無しにしてたからしょうがないのかも。

 

つか税務関係の申請だったんですけど、金が絡むと荒れる人間の多いこと。イヤミや怒号を受けなきゃいけない

職員の方々がめっさ気の毒だった。いい年こいたオッサンが大人げなく「お前らは小学生以下だ!」だの、

「口の利き方に気をつけろ!」「お前らを教育し直してやる!」みたく騒いでるの見るとこっちが再教育を施して

やりたくなるんですけどどうか。その狭いケツの穴を封鎖してやろうかオッサン?無くてもいいだろ穴?みたいな。

 

叫ぶオヤジの話の端々を聞いてなんとか事情を推測してみたんですが、どうもそのオッサン、申告する役所を

間違えて「ここじゃその手続きはできません」とか言われた=たらい回しにされた、と受け取ってるみたい。

そりゃそーだ、書類出す役所間違えばそうなるよ。なんで税務関係の書類を福祉事務所や市役所の年金課に

出そうとするんだよ…。悪いのはお前の頭だ。

 

でも職員の人はプロなので笑って受け流してた。さすが。

 

本館「街を歩く」の方で作品掲載してます。よろしく>ビビカム写真。

 

 

おまけ。

 

トモコレ新生活での私Miiその2。

早朝の浜辺でメイド服でたそがれていたり、夜中の公園で芝生の上におまたかっぴろげ状態でひとり寝そべってたり、めっちゃ自由です。

2018年

3月

13日

鮮やかな車とトモコレハンバーグの本質(篠有里)

「赤・オレンジ・黄色・青」

 

引き続きVivicam5050試し撮り中。

やはり晴れた日に赤系の被写体を撮ると本領発揮しますね。

お花とか撮るといいんだろうな。今は何にも咲いてないから無理だけど。

以下今まで使ってみた感想。

 

・曇りの日でも赤は強く出る。晴れてればもっといい。

・電池は断然Vivicam5050の方が長持ちする。A520さんは電池すぐ無くなるもん。

・シャープネス:high設定だけどそんなにきりっと硬い描写はしない気が。A520の方がきりっとしてる。

・近づき過ぎたわけでもないし、暗いわけでも無いのにたまにピンが来ない写真が撮れる。

・てか↑この写真もピンが来てるかというとなんかどこか微妙な気がするんですが…。

・室内は厳しいかと思ってたけどちゃんと撮れる場合もあり。よく分かんない。

・被写体の色が鮮やかな物を選ぶとビビカムらしい写真になる。

・そうじゃない場合は結構普通に撮れる。すべての被写体が派手になるとゆーわけじゃない。

・赤が赤すぎてぼんやりして見えるほど赤に写る時もあればそうじゃない時も…ってこの感想何度目よ。

 

まだ慣れてないんでこれ以上はなんとも。

私の被写体選びが基本地味なのであまり性能を発揮し切れてないかもしれん。

 

本館「街を歩く」の方で作品掲載してます>ビビカム写真。

 

 

おまけ。

 

トモコレ新生活での私Mii。

ハンバーグの本質を住人に知らしめたり、部屋でモビール遊びしてたり、楽しそうな生活でなにより。

2018年

3月

12日

赤い赤いケースとトモコレ赤い赤い魔女(篠有里)

「ビールケースの眩しい赤」

 

何故か春先になると新しいカメラが欲しくなる。

去年の今頃はHOLGAデジタルの不具合と戦って結局負けてましたね。

2個取り寄せて2個ともダメでした。つか撮れないんすよ。白い四角いデータの羅列が大半を占める>撮った画像。

 

で、愛機A520さんの調子がいまいちなんで、1月からどーにかして手に入れようと頑張っているんですが、

3連続で業者に裏切られて結局手に入ってません。手元に予備として置いておきたいだけなのに…。

3回目の注文なんて商品が届いてないのにカードの引き落とし手続きだけはちゃんとやってて頭クラクラした。

もちろん連絡取って支払いは取り消してもらいました。ちょっと腹の立つ返信だったけどぐっと堪えた。

 

で(2回目)、比較的今でも手に入れやすいトイデジは何だろなーと色々探して結局Vivicam5050を購入。

中古(ちなみに色はシルバー)ですが状態がいいので気にならない。

ちゃんと動作するかテスト中&条件変えて試し撮り中です。触ってみた感触としては、ビビッドモードだと

↑のようにとにかく赤が強く出るという事でしょうか。

赤い被写体向きというか、思ったより結構普通に撮れる方が多いですね。

まだ晴天時に撮れてないので検証しきれませんが。あ、室内は向いてない。これはA520も同じだけど。

販売元の作例写真みたいな彩度どうなってんの?みたいな出来にはならない気がします。

 

本館「街を歩く」の方でも作品上げていきます>ビビカム写真。

 

 

おまけ。

 

スターの服を着こなす赤い魔女ロウィーナの熱唱(一晩中)。

こうなってしまったらマイクは他の参加者にはもう回ってこないのであった。

2018年

3月

11日

(再)Symptom 20161215(№60)(お萩)

(写真:萩沢写真館)

 

「タダノ先生のただの日記(その1)」
 

ではどうして自分が「成長」するはずの「勉強」は楽しくないのか。

翻って考えてみれば、なぜ「運動」は、「ゲーム」は、「カラオケ」は、「男女交際」は楽しいのか。

それは「行動」によって起こる「結果」の出方と関係しているのではないだろうか。
 

初歩のある種の「運動」は、ちょっとしたコツを教わるだけで大きく上達する事がある。ある仕掛けをひとつ知るだけで、「ゲーム」の難易度は大きく下がることがある。「カラオケ」や「人間関係」についても、ある特定のヒントを得ることで大きく改善・前進を見込める場合が多い。
 

一方、勉強は「そうではない」ものの代表的なものとしてあげられるだろう。

「ちょっとしたコツ」で「上達」を感じることがなかなか難しい物だ。

とにかく覚えた単語が、公式が、定理が、それら知識がすぐ、確実に「役に立つ」とは限らない。

また、覚えたことを総合し、問題に取り組まなければならない場面も多い。

つまり「勉強」は、他の行動と比較すると「結果」に「行動」が「反映されにくい」。
 

つまりなかなか「面白く」なりにくい。

「成長」を「実感」することが難しいのだ。 

そして、「成長」の「実感」が少ないと「面白くない」から、「行動」の回数が減る。

するとそれにしたがって身につくことも減る(「成長」が減少する)。

するとさらに「面白く」なくなる。

そういったマイナスの連鎖も陥りやすい。

 

2018年

3月

10日

(再)Symptom 20161210(№59)(お萩)

(写真:萩沢写真館)

 

ハリキリ先生のおもしろ日記(3) 
 

私は「おもしろい」という言葉を考えるときにいつも、この出来事を思い出します。

人間にとって「おもしろい」という事は、「できなかったことができるようになる、分からなかったことが分かるように

なる喜び」なのではないかと。

そこにはテレビ番組の様な、なにかバカなことをやっているのを見たり聞いたりして感じる面白さはありません。

しかし、成長する喜びを実感する面白さが存在します。

英語ではこの2つの「おもしろい」を分けて表現しています。何かおもしろい物事を見たり聞いたりする面白さを「funny」、そして、興味がそそられ、その興味が満足させられることによって生まれる面白さを「interesting」、と。

この2つのどちらか片方がより「素晴らしい」ものであるということはありません。授業においてはどちらの「おもしろい」も不可欠です。「funny」な雰囲気で常に生徒の注意を授業に向けながら「interesting」な事を教え、生徒の成長欲求を満足させる。それが理想なのではないでしょうか。
 

2018年

3月

09日

(再)Symptom 20161208(№58)(お萩)

(写真:萩沢写真館)

 

ハリキリ先生のおもしろ日記(2)
 

ところで先生、私、以前にある経験をしてそれ以来「おもしろい」ということについて考えていたことがあるんですよ。

私が初めて勤めた学校での話です。年度末に英語の点数が足りなくて、数人の生徒に補習授業をしたことがあるんです。補習授業に残った子達は英語が苦手というだけではなく、普段の授業でもなかなか話を聞いていられないという子達でした。 

私が補習授業で教えたことは1つだけでした。それは「主語に対応する be 動詞の変化」です。つまり、「I」なら「am」、「you」なら「are」、「he/she/it」なら「is」に、 「be 動詞」は変化する」ということです。複数の代名詞「we / they」の場合や、代名詞以外の名詞が主語になる場合は教えませんでした。

それを「I (  ) a teacher.」の様な問題文を用いて、ただ覚えてもらったのです。そしてまったく同じ問題文でテストをしました。

するとどうでしょう。その子達は「おっ!これわかる!」、「あ、これ習った!」、「おもしれー!」と口々に言いながら楽しそうに問題を解いていきました。 
 

2018年

3月

08日

(再)Symptom 20161207(№57)(お萩)

(写真:萩沢写真館)


ハリキリ先生のおもしろ日記(1)
 

「おや、ハリキリ先生。上機嫌ですね」

「あ、こんにちは、タダノ先生。いやー生徒に受けちゃって受けちゃって。「先生の授業、おもしろい」って言われてるんですよ。」

「ほおー、それはいいことですねー。」

「特に受けるのが、僕が大学生だった頃の話ですね。オンボロ車で友達3人と夜通し日本海に向かって走り続けた話や、岩手にバイクでツーリングに行って、わんこそばを食べたらむせて鼻からそばが出ちゃった、なんて。」

「なるほどー、先生の学生時代の話が「おもしろい」というわけなんだ。」

「ええ、あと真剣に聞いてくれるのが高校生だったっ頃の恋愛の話ですね。ちょうど生徒たちと同じぐらいの年齢だったときの話なので、興味津々って感じです。いやー僕っておもしろい先生だなー。」

「そうなんですか、先生の実体験の話が生徒にも身近に感じられるようですね。」

 

2018年

3月

07日

(再)Symptom 20161204(№56)(お萩)

(写真:萩沢写真館)

 
ハリキリ先生のなんでかな日記(その2)
 

「それにね、先生、「分からない」から「学ぶ」のです。確かに先生が今教えていることは、中学校での既習事項の復習に過ぎないかもしれません。しかしですね、どの生徒も中学校英語を100%理解して進学してくるわけではなりません。簡単に言うと、全員の英語の成績が100点で入学してきたわけではないのです。どの生徒も「分からないこと」を抱えている。だから「学ぶ」ために高校へ来たのです。

文字にするのはとても難しいのですが、ちょっとたとえ話をしてみましょう。

「教える」ということを「階段を登る」ということに例えます。「センスのある子」は多少大きな段でも乗り越えることができる。でもそれは、「センスのない子」にとって高すぎる段だったりするかもしれません。そういった子に私たちができることは、できるだけその段を低く、小刻みに削ってあげることなんです。最終的には「センスのある子」と同じ高さまで登らせますが、そこまで乗り越えられるように段の高さを整えてあげることなんです。

生徒がどこの段を越えられないでいるのか。そしてそこを越えるためにはそこまでの段をどこまで低く、ステップを細かくしてやればいいか。いつか先生に言ったように、「診断」して、「処方」する。それが私たちの仕事だとは思いませんか」
 

2018年

3月

06日

(再)Symptom 20161202(№55)(お萩)

(写真:萩沢写真館)

 

ハリキリ先生のなんでかな日記(その1)
 

「まったく、なんでなんだ。何が分からないっていうんだろう。こんなに一生懸命教えているのに‥。」

「おやどうしましたハリキリ先生?」

「あ、タダノ先生。生徒が僕の授業が分からないって言うんです。何度も説明して、小テストまで何回もやっても全然取れないんですよ。宿題もやってこないし‥。だいたい今やってることって中学校で習ったものなんだけどなあ」

「ハリキリ先生は学生時代、英語は得意だったんですか?」

「はい、そうですね。他の科目は赤点取っちゃうことがありましたが、英語だけはウマがあったのか、ずっと得意でした。」

「そうですか‥。実は私はね、中学校時代、英語が一番苦手な教科だったんです。」

「ええっ、そうだったんですか?」

「ところがある時、学習塾に通い出したらとたんに成績がよくなりました。なにも特別なことをしたわけではありません。定期テストに出る範囲の部分を何種類もの別な問題集で解く、といったものでした。

ある教科の教員っていうのはその教科が好きだったり得意だったりした、「センス」のある先生がほとんどなんです。その教科が分からなくて必死にかじり付いて「克服」した経験のある先生って、そんなに多くはないんですよね。

そういう先生は「センス」のある子とはウマが合うんですが、「センス」のない子にとってはいったい何を言っているのか理解できないんです。

「センスのない子」にとって、分からない説明の繰り返しや、理解できてないことに関する小テストの連続、そして意味が分からない問題の宿題が有効であると、先生は思いますか?生徒は先生のことが嫌いなんじゃないんですよ。先生の言っていることが理解できなくて不安なんです。」

 

2018年

3月

05日

かすれたチラシとトモコレ変な記念写真(篠有里)

「雪上ゴミ(宅配弁当のチラシ)」

 

もう雪かきはしたくない。雪が重くて固い。

というか色々あってめんどくさいことは何もしたくない。そんな気分になっております。すさんでいる。

 

本館「街を歩く」も更新してます。見てね。

超広角の作品は本館の方で公開してます。ギャラリー1本超広角で構成するほど作品が無くて

今までこっちで公開するの保留にしてた作品を掲載してるので。

 

 

写真を見返すと、撮った覚えがない写真があったりする。

半分寝ながらプレイしてるのが主な原因。

 

龍如組の2人。演歌調の桐生さんと伊達さん。

これはまぁ普通。

 

 

何を考えてこんな2ショットを撮ろうとしたのか自分が分からない1枚。

フェアリーコスの魔女&悪魔親子記念写真。スーパーナチュラルのクラウリーとロウィーナですね。

 

 

そしてこれである。スーパーナチュラル組による謎の表彰式風写真。

キャスのタオルは水着に修正されてたけど、ディーンの白パンツはそのままだった。

 

 

おまけ。

 

相変わらず般若面をつけたままの真島の兄さん。

赤面するときは般若面ごと赤くなります。もはや顔の一部と言ってもいい。