Symptom 20161120(№50)(お萩)

 

 

「文章16」(「ビートルズの新曲」)

 

 

 「おい!ビートルズの新しいアルバム、出たぞ!」

 

 南京錠でロックできるようになっている重くて物騒な2ー5の横引きドアが、ゴロロロロとうなり声を上げ、ドンッ!と反対側の壁にあたり、開いた。

 

 ドアが開くなりあべさまが顔を出してそう言う。

 

 「マジか!」と言って戸口に駆け寄る。教室にいた他の数人の男子も同じようにあべさまを見て、集まる。

 

 「昨日、姉ちゃんにまた新しいアルバムを借りてきてダビングしてもらった!」

 あべさまには少し年上の姉がおり、その姉はレンタルレコード屋の会員で、その上ステレオを持っていて、レコードの音源をカセットテープに落とすことができた(彼女はワム!のファンだったが)。

 

 ベビーブーム世代の俺たちは、何人かの年下の弟妹はいても、年上の兄姉がいることは稀だった。年上の兄姉のいる同級生達は、その当時の俺たちの憧れ、マイコン(MSX)、ちょっとエッチなアイドル雑誌、MTVが流れる深夜番組をダビングしたビデオ、おニャン子クラブファンクラブの会員証、自室用のテレビ、そしてレンタルレコード店の会員券とステレオなんかを(その兄弟が)持っていることが多かった。あべさまもそんな恵まれた兄姉を持つ人間の一人だった。

 

 もちろんビートルズはすでに解散していたし、ジョン・レノンに至ってはすでにこの世にいなかった。ジョン・レノンを好きすぎたジョン・レノンファンが自分がジョン・レノンだと思うようになり、ジョン・レノンを射殺した。

 

 それでも、年上の兄姉がいる友達が持ってきてくれるビートルズの「新曲」を、俺たちは夢中になって聞いた。

 

 プリーズ・プリーズ・ミーからはツイスト・アンド・シャウトを。マジカル・ミステリー・ツアーではストロベリー・フィールズ・フォーエバー。ホワイトアルバムではハピネス・イズ・ア・ウォーム・ガンを。ブラックバードを。

  

 俺は今でもまだ、あの頃のビートルズの「新曲」を聴いている。