以前書いた文章と写真(篠有里)

「Dreamscape(1)」

今日朝目を覚ましてどうしようもなくて私は笑うだろう一体なんで夢を見ているのかアングルは微妙に歪んでとは言え正常ってのは何を持ってそう判断されるのかはついぞ分からないそう多分これはこれでいいのだ空は青いけど何で私の視界の周りだけこんなに暗いんだ 空の青ってこんな色だっけかあっちにいるのはお母さんそれ以外の家族もきっとどこかにいるんだろうけど気配しか感じない私は土手を越えた一つ向こう側に一人いて家族が私と違う他の店に入るのを黙って憎しみを抱いて見つめている現実世界に雨が降ります四角い建物に雨が浸潤していく私の部屋の壁紙を浸食していくつるつると流れてカーペットに色の濃いシミを残す寝台の周りに池を作る流れていくそんなはずはないでしょう家族はとうに見えなくなっているのに目覚めているお母さんだけは(もしかしたらおばさんやおばあさんかもしれない女は)私をどうしても許してくれなくて私は悔し涙を流しながら捨てぜりふを吐いてお母 さんと決別する工事現場の音がひどくうるさい淫らに濡れた赤い自転車が傍らを通り過ぎる赤い自転車が走っていく知らない歌が流れてきて今自分がどこにいる のか外なのか内なのかよく一瞬分からなくなってしまう私はそれを困った風に受け止めるひそめた眉の峰の端には喜びの色が見え隠れしているにもかかわらず受 け入れまいかそうでないか迷う事こそ無上の贅沢と空疎どこまでも空っぽな背景に巻き込まれて消えていくそこからがどこまでか?いつしか母に見捨てられた私 はいいえ私が見捨てたのに何度も繰り返し見るモチーフ暗くて湿った古いデパートの中にいる私の視野は固定されていてひどく狭い目の前の情報のほんの一部しか受け取る事ができない不潔な古い手すりのエスカレーターに乗って上を見上げると次の階の光景しか見えないどうしてこんなに暗いのか照明はいったいどこに あるのかなんだか泣きたいでも暗くても見えるのだ商品はみんな私の欲しいものではなくそれどころかこれを身につける事を考えただけで気が遠くなる片袖しかないワンピースやどう見ても子供用なのに大人の服とかやたらビーズのついた布地の面積が少ない黒い服とかがスポットライトを浴びてそこだけキラキラと輝いているそうまるで悪みたいにキレイなのだそれに古く埃が積もっているのに誰も払おうともしない事はさておきアンティークジュエリー透けて見えるシャンプーリンスの瓶ガラスのオブジェ室内の噴水丸いしぶきやはり視界は丸く黒く囲まれて動きが取れない目的のもの以外を捉えられないめくるめく視点移動お母さんど こにいるのお母さんこの階段を下りていけばいいのお母さん今でも私の事を許してくれませんか非常口から外に出て蛍光灯に照らされたリノリウムの階段を下りていけばいいのか階下からはくどい油と卵を焼く匂いがする染みついてしまいそう声に出して「はははは」と口を形だけゆがめて発生させた笑い声を立ててみる外がうるさくてきっと私は後少しで目覚めてしまうその方が数倍マシでも後少し後少しで階段を下りきる事が出来る途中に使われない洋服掛けやトルソーや生きていない店員があるこの暗いデパートの非常階段を下り切る事が出来るお願いだから待っていて冷たくなくてただ冬のまとわりつく救いようのない暗さだけがそこにある唯一のリアルだ午前四時あたりのすべてが群青色の世界の中それだけが近くすべき現実だお母さん待っていてお母さんの所まで駆けていくわでもお母さん私足が動かないのどうしても足が動かない階段の終わりはいつしかどこか遠くに消えてしまい私はいまどこにいるのか急速に浮上し雨が降る灰色の朝の色が見えるその壁の色はあのデパートと同じモルタルのヒビのかたち濡れた色だ急に広がった視野に身体も心もついていけない誰かが壁を叩く音がするコツコツ毎朝毎朝訪れるちょっとは考えた方がいいよ同じ時刻に眠りが破られる雨が降っている今日も壁を叩くお母さんは私より先に階段を下りていく降りていく下りていく